作家志望の高校生

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薄暗く黴臭い、町外れの廃工場。そこに、男が2人向かい合っていた。
一人は、見る者が見れば震え上がるほど仕立ての良いスーツに身を包んだ男。もう一人は、みっともなく地面にへたり込み、よれたスウェットを着た男。どう見ても前者は堅気ではないし、どう見ても後者は碌な人間ではない。
「なぁ、お兄さん。」
びくり、とスウェットの男の肩が面白いくらいに跳ねる。顔は青ざめ、頬は引き攣り、失禁でもしそうなほど震え上がっている。
「アンタな、ちょっとやりすぎたなぁ。」
にこにこと人好きのするような目で笑っているスーツの男は、しかしその目の奥にどす黒い闇を宿している。
「あぁ、そや。今日はクリスマスやな。」
突然飛んだ話に、スウェットの男は余計震える。こんな状況で振られる意味不明な日常会話ほど怖いものはない。
かつり、かつりと、スーツの男の高そうな革靴が硬い音を立てる。彼は意味もなくスウェットの男の周りを歩き周りながら、独り言のように話し始めた。
「俺な、昔貧乏だったんよ。親も碌に帰ってこないし、毎日ボロアパートのドアんことバカみたいに叩いてくる借金取りから逃げ回って、鼠みたいに生きとったわ。」
かつん、と足音が哀れな男のすぐ真後ろで止まり、音の代わりに影が落ちる。
「そん時のクリスマスなぁ、俺、初めてええもん貰ったんよ。何やと思う?」
大して聞く気も無いような質問は、数秒の間さえ空けずに話を続けられる。
「初めてな、人から抱っこしてもらったんよ。えらい温くてなぁ、初めて人前であんなに熟睡したわぁ。」
かつん、とまた足音が響く。たった数歩で、圧倒的な威圧感を醸し出す男が獲物を捉えてギラついた目で犠牲者の男を見下した。
「だからな、俺、金に煩くて子供のこと放っとく大人が一番嫌いやねん。」
ガタガタと震える男の下の地面が、遂にじわりと湿り気を帯び始める。それを心底軽蔑するようにちらりと見てから、革靴が地面につかれた男の手を全力で踏み躙った。
「やから、早よお金返そうなぁ、兄ちゃん?」
男が手振りをすると、どこからともなく揃いのスーツを着た数人の男達が音もなく現れる。それからしばらくして、廃工場からは絶え間なく汚い絶叫が響いていた。
「そこのチビ、ちょぉおいで。」
車の陰に隠れていた子供に、そっと手を差し伸べる。
「ごめんなぁ、怖がらせてしもたか?もう怖ないで。ほら、こっち来てみぃ。」
男は躊躇いがちに駆け寄ってきた子供をそっと抱き上げ、子供が眠るまでただその背をあやすように撫でてやった。相変わらず響く、弱々しくなってきた男の絶叫をBGMに、遠い昔のぬくもりを誰かに分け与えるようなその姿は、どこか寂しく、少しだけ脆い心の気配が漂っているような気がした。

テーマ:遠い日のぬくもり

12/25/2025, 7:51:08 AM