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雪明りの夜

帰ってこないはずのあなたが、不意に帰ってきたのは、雪明りの夜のこと。
昨日から降り続けた雪は、この街には珍しい積雪となりました。夜、雪の白さは、柔らかな光を帯びていました。
仕事が終わって向かったバス停には、誰もいませんでした。こんな雪だからバスも遅れたようなのです。ふと古びたベンチに座る人影が見えました。
それがあなただと分かった時、息がとまるかと思いました。でも私は声をかけることはできず、ただあなたを見つめていました。バス停には私とあなた以外に誰もいません。まるで雪明りが、あなたを浮かびあがらせているようでした。あの頃と違う姿のあなたを見て、あの日止まったままの時計が、不思議と何もなかったように進んでいたのだと分かりました。
あなたは、私の背をすっかり追い越すほどに大きく成長していました。私の記憶の中のあなたは、いつも落ち着きなく、珍しいものを見つけるたびに駆け寄る幼い姿のままなのに。
​今のあなたは、何事にも無関心、とばかりに少し退屈そうにベンチに腰掛けてうつむいています。けれど、ふと上げた視線の、射抜くような意志の強さ。高校生になったあなたは、そんな表情で世界を見るようになったのですね。私に気づくと、あなたは少し照れくさそうに、眉を下げて笑いました。笑った顔は幼いまま。私もつられて笑いました。
あなたは何のためらいもなく、長い足でこちらへ歩き出します。迷いのない足取りでこちらに向かう姿を、私はただ一心に目に焼き付けていました。街灯がチカチカと点滅し、あなたは静かに消えていきました。ほんの束の間のこと。私は胸がいっぱいで動けませんでした。あなたのことをもっと見つめていたかった。例えそれが、雪明りが見せたひとときの幻影だったとしても。



祈りを捧げて

一度だけ、本気で人を呪ったことがある。全身全霊でその人の苦しみだけを願った。私を苦しめた人。誰かの不幸をあんなにも強く願ったことなど人生で他にない。あの時、私の身体の中で何かが強く燃え上がるのを止められずにいた。だがやはりあれは、間違いだったのだ。私の心はすっかり疲弊してしまった。残ったのは虚しさだけ。あの時の事が蘇りそうな時、私は祈る。どうかもう、あの人にも私にも訪れるのは平穏でありますようにと、と。

​静かに膝をつき、祈る君の横顔は綺麗だ。けれど、呪詛を口にした君はもっと綺麗だった。あの時の君は美しく、強い生命力に溢れていた。それが私を強烈に惹きつけたんだ。奇妙だと思うかい?それほど君は美しかった。なのに君は間違いだったなんて悔いている。どれほど真摯に祈りを捧げようとも、私は覚えている。誰かを壊したくてたまらなかった君のこと。君の思いが私をここに繋ぎ止めたんだ。だからもう一度見せてくれないか、あの熱情。どうか受け入れてほしい──悪霊の私であっても。いつも君の心の影とともにあるから。


12/27/2025, 3:51:41 AM