遠い日のぬくもり
亡霊は、思いを馳せてみることにした。遠い日のぬくもりについて。遠い遠い過去の、それも太古の昔に生きた誰かのぬくもりについて。その人は、享受していたのか喪失したのか提供していたのか、あるいはどれも叶わず渇望したのか。歌や絵や物語の中にぬくもりの断片を留めようとしたことがあっただろうか。それから亡霊は、遠い未来の日のぬくもりについても思った。目覚ましい勢いで進化を続けるAIが、ついに最適化されたぬくもりを生成する日が来るのかもしれない。精密に設計されたぬくもりに、人は違和感を覚えるだろうか、それともあえて選び取るだろうか。いずれにせよ、亡霊には関係ないことだった。身体性においても関係性においても、ぬくもりは亡霊をすり抜けていく。亡霊は目を閉じて暗闇に戻った。
揺れるキャンドル
風もないのにキャンドルの火が揺れるのは、もうこの世にはいない懐かしい人が守護霊となって来てくださったからだよ。感謝の気持ちを込めてお祈りしなさい。
祖父はそう言って厳かな面持ちでお祈りを始めた。お祈りの後、祖父がキャンドルの火を吹き消すと、一瞬辺りは静まり返り、僕は誰かが立ち去ったような気がして背筋を伸ばしたものだった。子供の頃の思い出だ。
だけど幽霊になって分かったことがある。キャンドルの火が揺れる時、確かにそこに霊はいる。だがおそらく……生者が想定している数十倍はいる。部屋はもう、ぎゅうぎゅう詰めだ。僕らはひしめき合い、重なり合い、半透明同士で遠慮なく密着している。
「押さないで」
「そっちこそ」
「ちょっと、私の透過率下げないでくれる?」
そんなやり取りが、あちこちで起きている。稀に幽霊の気配に気づく人もいるが、こんなにも異様なほどの密度で存在していると知ったら驚くだろう。
つまりこれは、さまよえる魂がいかに多いかってことだ。僕らはいる。世界のあちこちでところ狭しと漂っている。キャンドルの火が揺れるのは、守護霊が降臨したからではない。霊たちの押し合いによって生じたささやかな風のせいなのだ。
そしてここだけの話、実はキャンドルの火を吹き消しても僕らは消えない。そこに居続ける。生者が「ああ、帰ってしまったのだなあ」と感慨深く浸っている時も僕らは居る。気まずい。気まずいし、いたたまれない。しかしどうしようもないんだ。僕らだって火が消えるのと同時に立ち去ることが出来ればどんなにいいかと思う。だけど僕らは暗がりの中から抜け出せない。ひしめき合ったまま、なぜここにいるのかも分からず、未練があるのかどうかさえ思い出せないまま漂っている。
12/25/2025, 5:21:39 AM