手が震える。その手にきつく握った、滑らないよう念入り、きつくきつく縛り付けた刃が、ぬるりとした液体に塗れて鈍く光った。
これで、いい。これで、彼の罪は、全部……
目の前に転がる、魂を失ってただの肉塊と化した男と、目が合う。白く濁った水晶体が、情けなく震える俺の顔を反射して無機質で場違いな輝きを放っている。
数ヶ月前のことだ。夜も更け、草木も眠る丑三つ時。そんな時間に、家のインターホンが鳴った。引きこもりで昼夜逆転した社会不適合者である俺は、当然のように起きていて、中断させられたゲームに苛立ちながらそれに応えた。
無防備にも、ドアスコープを覗くことさえせず扉を開いたのだ。
そこに居たのは、俺の唯一の社会との繋がりにして、たった一人の幼馴染だった。株主だとかでやたら金持ち、そのクセ、社会的に何の価値もない俺をわざわざ養うような変わり者だ。その幼馴染が、ドアの前に立っていた。重そうな何かを引きずって、澱んだ光をその目に宿して。俺は、下を向くことができなかった。にこにこと屈託なく笑う彼の頬に跳ねた、鮮烈な深紅を見てしまったから。
彼は、人一人の命を奪った。しかも、猫が捕らえた獲物を飼い主に見せに来るように、わざわざ俺の元へソレを引きずってきた。道中には血痕がべったり残って、インターホンにもきっと彼の指紋と、彼の引きずる肉塊の血液が付着している。俺の関係を疑われるのは確実だろう。
「ねぇ。一緒に死体、埋めに行こ。」
遥か昔、学生だった、俺がまだ世界に受け入れられていた頃、よく彼からゲーセンに誘われた。その頃と変わらないトーンで、表情で、悍ましいことを言い放つ。結局、俺は彼と一緒に死体を埋めた。遠く離れた県の、地名も知らない山奥だ。
それから、俺は毎日怯えて過ごした。血痕は全て水で流したし、インターホンの血も拭ってある。けれど、いつここに捜査線がたどり着く、今の警察の技術は相当高いのだ。
そして、俺はそんな日々に耐えられなかった。全部全部、嫌になった。どうせ、社会から見たらゴミも同然な存在なのだ、俺は。それなら、いっそ。あの、クラス中から無視される、地獄のような学生時代から俺を救った幼馴染のために、この人生をめちゃくちゃにしてしまおうと、ふと思った。俺と同じような、社会にとってのゴミを一人殺して、自供する。それで、幼馴染の殺した、もう一人の人間も俺の罪にする。簡単な話だ。
でも、俺はやっぱりダメなやつだった。このお粗末な計画は、社会にすぐにバレた。幼馴染は捕まって、社会から批判の雨を浴びた。俺は幼馴染に罪を被るよう強制された、哀れな被害者だと。社会に馴染めなかった俺が、ただ彼に甘えていただけなのに、彼が俺を監禁していた、なんて根も葉もない噂すら流れた。彼は世間にとっての絶対悪になって、俺はその餌食になった哀れな被害者となった。
やめろ、やめろ!俺をそんな目で見るな!お前らが俺をこうした!俺の救いはアイツだけで――
社会の、同情を隠しもしない視線に耐えきれなかった俺はその日、この世界を後にした。奇しくも、俺の救いだった彼が拘留所で自死したのと、同じ日だったらしい。
テーマ:同情
2/21/2026, 7:59:38 AM