たかなめんたい

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『バレンタイン』

バレンタインとは、何か。チョコという形で、感謝や想いを人に伝えるイベント、多くの人はそういうのだと思う。

けれど、正直に言えば、その商業的な喧騒に、どこか食傷気味になる自分もいる。街が赤やピンクに染まり、義務のように用意される義理チョコや、SNSに溢れる華やかな写真。それらを横目に、少し冷めた足取りで通り過ぎることも少なくない。

それでも、ふと足を止めて考える。
誰かが誰かのために時間を使い、何を贈ろうかと悩み、店先で商品を手に取るその「過程」自体は、決して悪いものではない、と。

味がどうとか、値段がどうとか、そんなことは二の次だ。重要なのは、誰かの思考の片隅に、別の誰かが居座る時間が発生しているという事実だ。その「誰かを想う時間」の総量が、この日、世界中で少しだけ増える。そう考えれば、この浮かれたイベントも、あながち捨てたものではないのかもしれない。

ただ、昔からそう思えていたわけではない。
以前の私は、この喧騒をもっと斜に構えて見ていたし、そこに潜む温かさに目を向ける余裕などなかったように思う。

いつからだろうか。
明確な時期は分からない。けれど、表層的な賑やかさの奥にある、人の心の機微のようなものを掬い上げられるようになった。

世の中には、歳を重ねてもそうならない人もいるし、それが悪いことだとも思わない。
しかし、この静かな「余裕」を自分の中に等身大で感じられたとき、ふと独りごちる。
こういうことを、「大人」になったと呼ぶのかもしれない、と。

2/14/2026, 3:30:10 PM