心の旅路
私たちはよく旅をしました。
それこそ夢のような場所へあちこちと。
ひと気のない遊園地とか、蒼く沈んだ森とか。もちろん都市部の明るい華やかなところへも行きました。私たちの多くは、日の当たるような場所は苦手でしたが、中にはそういう場所を好む者もいました。行ったら行ったで案外皆で楽しんだものです。でもよく行ったのは海です。私は山の方が好きだったけど、皆が行きたがったのは海です。海、海、とはしゃいで砂浜を駆け回り、夕陽が沈む頃には皆、無言で波音を聴きました。海を前にしたら言葉などなくてもいいのです。
でもどこへ行こうとも、長居はできませんでした。私たちを追いたてる存在がいたのです。それは黒い影です。ふと気がつけば私たちの行く先々に、黒くて大きな人影がいくつも立っていました。輪郭のはっきりしないゆらゆらとした影でしたが、私たちを監視しているようにじっとこちらを見ているのがわかりました。彼らの動きは一見、緩慢です。ですが近づけば、あっという間に全てを飲み込んでしまうのです。
彼らの目的が何なのか、何故私たちを監視し捕まえようとするのかは、分かりません。私たちは黒い影から必死で逃げました。けれど何人も捕まってしまいました。皆、どこへ行ってしまったのでしょう。主張が違っても一つだった私たちは、バラバラになってしまいました。私は、あの黒い影たちから逃げて山あいの奥深く、沼地までやってきました。そして今は奥地のぬかるみの中で一人、ひっそりと息を殺し彼らに見つからないよう隠れているのです。
凍てつく鏡
追手から逃げ切るためには、凍りついた沼を渡らなくてはならなかった。
亡霊の沼と呼ばれたその沼は、その昔、賢者が亡霊たちを閉じ込め二度と出てこないよう凍らせたという言い伝えがあった。
凍った表面を、音を立てずに静かに渡り切らなくてはならない──少しでも音を立てれば、氷の下で眠る亡霊たちが目を覚まし襲いかかってくるという。
辺りは一面、霧がかかっており視界は不明瞭だった。吐く息は白く、物音一つしない。
追手はまだここまで来ていない。
向こう岸に行くなら今しかない。
私は、慎重に一歩を踏み出した。
震えていたのは、寒さだけではないだろう。
氷の下には確かに何かいるような気がしたが、足元は見ないようにした。
追手がたどり着けない向こう岸へ。
前へ進む。それだけを考えた。
向こう側に辿り着けばもう大丈夫、平穏が待っている。
静寂の中、私は慎重に進んで行った。
沼の半分まで来て、ピシリと音が響く。
踏みしめて氷にヒビが入ってしまったか。
反射的に、視線が下に行く。
……やはり良い伝えは本当だった。氷の下に見えたのは、静かに眠る亡霊。
次の瞬間、私は動けなくなった。
氷の下で眠る亡霊、その顔をよく知っていたからだ──それは私自身の顔。
音に気づいた亡霊が目を見開く。
氷の下の亡霊は、私の目をとらえて離さなかった。
12/29/2025, 1:33:58 AM