みずくらげ

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『枯葉』

かつて感じていた無限の可能性が、今や空気のようにひとすじの霧となり、手のひらからすり抜けていくことに恐れを抱く。小さな体で感じていた世界の広がりは、今となっては曖昧な記憶の中で色あせ、鋭くはない。子供の頃、私はまだ何者でもなく、何にでもなれるという錯覚の中に生きていた。しかし、大人になるにつれて、目の前に立ちはだかるのは常に選択であり、その選択を避けることは、もはや許されないかのように感じる。
選びの中で選択肢は狭まっていく。進めば進むほど後戻りができなくなることに背筋が凍るような恐怖を覚える。進むことが運命を決定づけ、ひとたびその道を踏み外せば、二度と振り返ることができぬと知っている。私の身体は、もはや過去の幻想と戦うことを諦め、ただ現実にしがみつくようになった。
大人になればなるほど自分の限界が分かるようになる。自分の諦めのよさも知っているから、目標をたてようとしたところでそこに辿り着かないであろうことを薄ら自覚している。最初から線をひいて範囲を定めてしまう。
ただの逃避ではない。
その方が下手に怪我をしなくて済むからだ。安全で確実だからだ。あくまで前向きな諦観だ。

そうしてゆるやかに自分の内側が死んでいくのを感じる。
このまま普通に就職して、朝から晩まで働いて、枯れていくのを待つのだろうか。いやその前に普通になることがどれだけ難しいことか。死ぬ思いで就活して、死ぬ思いで生きるための金を稼ぐ。もはや生きているというより死んでいないだけ。残りの人生、あとは流すだけなのか。無駄な抵抗をせず、余計な執着を手放して。内面は日に日に色を失って、虚無を抱えたまま枯れていく。嫌だなあしんどいなあ

2/19/2026, 4:09:29 PM