すゞめ

Open App

『手のひらの贈り物』

 夕食をすませて食器を片づけたあと、ひと息つくためにコーヒーを入れた。
 彼女はぽやぽやと頭を揺らしながら、リビングのソファに座っている。
 特番が続く年末特有の賑やかしいテレビ番組を、意識半分で見つめていた。
 テレビの音量を下げながら、彼女の隣を陣取る。
 スプリングの反動で、彼女の体がわずかに跳ねた。
 微睡んでいた彼女の瞼と持ち上がる。
 肩口で柔らかく揺れた青銀の毛先を目で追っていたら、彼女は勢いよくソファから立ち上がった。
 そそくさとリビングから出ていってしまった彼女に、俺は首を傾げる。

 あれ?
 もう寝るのかな?

 就寝時間にはまだ少し早いが、年末の試合に向けて彼女は追い込みをかけている。
 疲れているだろうし眠るのはかまわなかった。
 ただ、ひと言もなく出ていかれてしまうのは切ない。
 
 せめて「おやすみ」くらいは言ってほしかった。
 いや、やっぱりおやすみのチュウはしたい……っ!

 悶々と頭を抱えていたら、ひょっこりと彼女が戻ってきた。
 俺の顔を見た瞬間、彼女は怪訝そうに眉を寄せる。

「百面相するなら、きちんと表情筋を動かしてからにしてくれる?」
「どういう日本語ですか、それ」

 表情筋が働かないと百面相にはならないだろう。

「寝るんじゃなかったんですか?」
「まだ眠くないもん」

 ブスッと頬に不機嫌を詰めた彼女は、再び俺の隣に座る。
 握り拳ひとつ分、空いたスペースを彼女の腰を引き寄せて潰した。

「ちょ、狭い」
「それが?」

 悪態をついて照れる彼女が愛らしくて、さらに距離を近づけようと顔を近づける。

「ね、待って」

 俺が彼女を押し倒したことで距離の攻防は制した。
 そのまま唇を重ねようとすると、ガサッとなにかが潰れたような乾いた音を立てる。

 ん?

「あぁー!? もうっ」

 違和感に手を止めるよりも先に、隙をついた彼女が体を捩った。
 焦った声をあげながら器用に俺の腕から抜け出した彼女は、ぷりぷりと眉毛を釣り上げる。

「ほら! いきなり寄っかかってくるから潰れちゃったじゃん!」
「すみませんっ!?」
「せっかく紙袋もかわいくしてもらったのに」

 潰れた紙袋から中身を取り出した。
 小さなギフトボックスを俺の手のひらに乗せる。

「包装紙も少し破れちゃったけど、自分でやったんだから文句言わないでよね」
「う。すみませんって」

 じっとりとした視線で責められてしまっては平謝りするしかなかった。
 彼女のご機嫌を宥めたあと、改めて手のひらサイズの箱に目を向ける。

「ところで、なんですか? これ」
「クリスマスプレゼントだけど?」

 え、俺に?

 精神的にも時間的にも余裕がないと思っていたから、彼女からプレゼントを貰えるなんて全く期待していなかった。
 箱から彼女に目を移すと、照れて落ち着きをなくした彼女は指を遊ばせる。

「欲しいものとか全然教えてくれないから、消え物だけど」
「ミニスカサンの格好で『プレゼントはあ・た・し♡』ってしてくれるだけで満足ですって言いました」
「オッサンみたいなリクエストはイヤ」

 俺の要望を容赦なく一蹴した彼女は、唇を尖らせた。

「それに、それだとプレゼントにはならないじゃん」
「え、なんでですか?」
「なんでって……。もう、私はれーじくんのだよ?」

 俺の服を控えめに掴みながら、おずおずと上目遣いで様子を伺ってきた。

 ギュンッッッ♡

 間もなく1日の幕を下ろすというのに、キラキラと絢爛なエフェクトを纏う彼女のツラがいい。

「だから、今度はちゃんと欲しいもの教えてね?」
「わかりました」

 俺の欲しいものは、あなたとの結婚指輪一択ですけどね♡

 どうせ断られるから、今はおりこうさんに彼女の言葉にうなずいた。

「これ、開けても?」
「ん」

 ギフトボックスの中身はジャータイプのリップバーム。
 シンプルなデザインで、無香料と相まって使いやすそうだ。
 保湿力も高そうだから、この時期にリップバームはありがたい。

 指で掬って唇に馴染ませていると、彼女からの熱視線を感じた。

 俺も大概、愛されてるよな。

 なんて自惚れながら、わざとらしく彼女と目を合わせる。

「どうかしました?」
「や、……つ、使い心地どうかな、って」

 頬を赤らめながらも俺の口元に視線を置いたままの彼女の顎を掬い、お預けされたままだったキスを迫る。
 キュッと流されるまま素直に目を閉じる彼女の無防備さには心配になりつつも、息を溢した。

「いい感じですよ」

 それでも委ねてくれるならと、俺は塗ったばかりのリップを彼女に移すように唇を重ねた。

12/20/2025, 5:17:07 AM