クラスの人気者だった。
皆が私を見て、みんなが私を好いてくれる。
高二の春、私は事故にあった。
信号無視をした車に跳ねられて身体にひとつハンデを背負うことになった。
人気者だった私は、みんながお見舞いに来てくれた。
前まであった足がなくなっているのをみて、皆が目を合わせた。
「体育、大変になるね」
「次の体育祭のリレーアンカー明ちゃん出れないのかな。」
みんなが口を揃えて言う。
誰も可哀想だとは言わない。けど、私は分かる。
体育やリレーよりも、普段の生活をみんなが気にしているということを。
これから私は義足になるし、使いたくても思うように使えないものが増える。
そして、人気者という私に貼られたレッテルはこの事故を通してきっと無くなる。
お見舞いに来るみんなの顔を見ているとそうなるということは一目瞭然だった。
"人気者"から"可哀想な子"になる。
息がしずらかった。
退院後、初めて外で歩いた義足の感覚はぎこちなかった。周りの視線も痛いほど刺さった。
私は、以前より1つ少ない存在になってしまった。
みんな私に「命が助かってよかった」と言う。
まるで、損失と引き換えに救いを与えられたみたいに。
でも私にとっては、それは交換じゃなかった。
退院するときに看護師さんに言われた。
「大変と感じることもありますが乗り越えられるように私たちも全力でサポートしてまいります」
この言葉が、私を苦しめた。
私が失った"コレ"は、きっと今後も可哀想な慈悲の目で見られる。
ああ、戻りたい。
もうこれ以上、「同情」されたくない。
2/20/2026, 5:31:50 PM