作品76 ぬくもりの記憶
大きな切り株の上に置かれたそれに、斧を振り落とす。手から滑り落ちぬようしっかり持ちつつも、手に負担がかからない用に、なんとなく掴んだ力加減で、思いっきり。
今朝からずっとこれを繰り返している。先日切った薪がようやく乾いたため、冬が本格的に来る前に割り切らなければならない。しかし流石に疲れてきた。太陽はすでに南にいるし、当然だ。気づけばノルマの山は無くなり、薪の山が出来ていた。
そろそろ休むこととしよう。
切り株に斧を立てかけながら腰掛け、今朝弟が持たせてくれたパンと水をカバンから取り出す。水を飲んでいると、向こうから弟の姿が見えた。ここに来ることは中々ないのに、珍しい。
「おーいどうしたー?」
大声で呼びかけてみると、嬉しそうな顔をして走ってきた。
「お兄ちゃん!雪!雪降るって!」
そう言われ空を見るが、晴れていてそんな雰囲気はない。いつもより若干肌寒い程度で、雪が降るとはとても思えなかった。
「本当か?」
息を切らした弟に残りの水を渡す。ありがとうと言いこくこくと喉を鳴らして飲む姿を見ながら、パンをちぎった。
「本当だよ!おじちゃんが言ってた!」
「そうか、おじちゃんが言ってたか。」
嘘をついてるのだなとわかった。弟は嘘をつくとき、誰だか分からない人の名前を出す。そして嘘をつくときは大体、一人で留守番するのが寂しくなったときだ。
「じゃあ今日はもう帰ろうかな。薪を運ぶの手伝ってくれるか?」
「うん!」
余ったパンをカバンに戻し、薪を数本渡す。何往復かしないと運びきれないと思っていたが、最近他所からきた商人から買った背負子と弟のおかげで、一回で運びきれそうだった。
斧にカバーをし、薪を背負う。だいぶ重いが、家までのあの距離ならなんとか行けるだろう。
「じゃあお兄ちゃん、競争ね!」
えまじかと言う前に弟が走り出した。かと思えば、枯れた草に足を取られてすぐに転ぶ。
「おい大丈夫か。」
痛そうに起き上がった彼の手を見ると、薪を持って転んだせいか棘が刺さり、血が出ていた。抜き取ってから、地面に散らばった薪を拾い上げ、代わりにカバンを持たせた。
「手繋いで、歩こうか。」
「うん……。」
泣くのを我慢しているような声で返される。どうしたものかと少し考え、
「……そういえば、この前貰った芋がまだ残っていたな。今日は特別に、お前が好きな焼き芋をご飯のあとに食おうか。」
そう言うと、
「いいの!?」
と大声で返された。
もちろんだとも。そう笑って返すとさっき転んだのが嘘かと思うほどの笑顔を向けられた。
「じゃあ早く帰らないと!あのね、お兄ちゃんのためにスープ作ったんだ!ミルク貰ったからそれと、あとこの前狩ってくれたお肉と。あとおばさんのお手伝いしたらお礼に野菜もらったんだ!いっぱい色んなの入ってるの!楽しみにしててね!」
そう言い終えると、手を強く握りしめられた。
「ああ、楽しみだ。お腹ペコペコだから嬉しいな。」
そう言うと、より嬉しそうな顔をした。
家についてから薪と斧を片付け、弟の傷の手当をし、火を付け、畑の様子を見に行くとあっという間に暗くなった。
「ただいまー。」
すぐそこの街でパンを買って帰ると、ちょうど弟がスープを温めていた。
「おかえり!もうすぐ出来るよ!」
いい匂いが部屋中を満たす。芋を焼くついでに鍋を覗き込もうとすると、まだ見ないでと怒られた。
テーブルに出された皿に、買ってきたばかりのパンを切って置いていると、スープが運ばれてきた。さっき言ってたとおり、本当に具沢山だ。
「ありがとう。美味しそうだな。」
「でしょー。冷えちゃう前に食べよ!」
いただきますと感謝をし、スープを飲む。冷えた体がじんわりと温まり、器を持つ手の冷えもどんどんとれていった。
「美味しいよ。」
目の前に座っている弟にそう言ったが、食べるのに夢中でそうだねーと、軽く返されてしまった。
本当に、上手になったなと思う。まだこんな小さいのに作ってくれる料理はどれも美味い。料理をし始めたときは火が怖いせいでか冷えたご飯が多かったのに、今では自分で火をつけれるようにもなった。忙しいときは勝手につけてもらっている。
それだけじゃなくて味もどんどん良くなっている。季節柄、質素なものしか作れないはずなのに今日みたいに工夫して、少しでも美味しくなるようにしてくれている。
「……本当に、ありがとうな。」
聞かれていないことは承知の上で、そう呟いた。
スープを飲む。全部があたたかかった。
「お兄ちゃん!食べ終わった!芋!」
「はいはい。丁度焼けたっぽいぞ。ほら皿。」
弟の皿に芋を乗せてから、自分はスープをおかわりした。
「いただきます!」
熱い熱いと言いながら皮を剥き、ほいと口に芋を投げ入れ美味しい美味しいと今日一番の笑顔で弟が笑う。良かったなと言いながら、彼が俺のために作ってくれたスープを飲む。
寒いね。明日は買い物をしようか。そろそろ新しい上着を買ってやらないとな。やった。お兄ちゃんの手袋も買おうね。そうだな。あれ雪が降ってるよ。本当だ。おじちゃんの言ったとおりだな。え?あ、そうだね。薪間に合って良かった。ねえそうだ、寝る前に本を読んでよ⸺。
どこまでも続く会話の中で、火がパチパチ言っていた。
そんな懐かしい夢を見た。
12/10/2025, 1:38:53 PM