時雨

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窓から差し込む光(オリジナル版) 

午前10時過ぎ「ふぅー」と背伸びをしてカーテンを開ける。心地よい光がカーテンの隙間から差し込んでいる。
昨日は仕事納めということもあり業務が山積みだった。
普段は穏やかな人も今回ばかりは眉間に皺を寄せながら働く姿は少しばかり面白く感じた程だ。

ゆっくりと体を起こし台所に向かう。
ポットにお湯を沸かす。
棚からお気に入りの豆を取り出し挽く。
ほろ苦い匂いが鼻をくすぐり思わず笑みがこぼれる。
ふと昨晩父からメールの通知が来ていることを思い出しスマホを開く。
メールには「妻の事は心配しなくていい、お前も仕事が一段落したら帰ってきなさい。」と送られてきていた。
俺は「わかった。ありがとう。でも何かあったらすぐ連絡して欲しい。」とだけ返信をした。
妻と子供は昨日から祖父母の実家に帰省しており都会ではみない大自然を堪能してるらしくて俺は嬉しかった。

だがふと医者の言葉を思い出す。
妻は前に病で倒れた事がありその時医者からも再発する可能性は極めて低いが注意して欲しいと告げられていた。
今、妻の状況が落ち着いてるのが逆に気掛かりにはなっていたが今は話すべきではない。

考え事をしているうちにポットのお湯が湧いた。
コトコトと音を立てて注がれていく瞬間はいつ見ても心が躍る。

目覚めのいっぱいをしっかり堪能した後、パソコンに向かい少し仕事の残りを片ずける。

「はっ」と目を覚ます。 随分長いこと寝ていた様だ。

時計を見ると深夜0を回っていた。


スマホのバイブ音がなる。
確認すると実家からと病院からの着信が俺が寝ている間に数十件にものぼっていた。

俺は嫌な予感がして祖母の電話をとる。

その瞬間娘の泣きわめく声とドタバタと忙しなく動く足音が聞こえかなり緊迫した状況で俺は混乱する。
祖母に状況を確認しようとするがすでに過呼吸になり言葉を話せない状態だ。
唯一聞こえてきた声は「ごめんね」だけだった。

俺は急いで車にのりエンジンをかけたが掛からない。
昨日の寒波のせいでエンジンがダメになったらしい。
「くそっ」と何度も鍵を回してみたがふかしているだけでピクリとも動かない。

今日はとことんついてない。

俺はイラつきを抑えながらタクシーを呼び実家に向かった。
行き道中もスマホから聞こえる祖母の「ごめんね」の声が止まらない。

タクシーの運転手も困惑の表情を浮かべながら「大丈夫ですか?」と問いかけるが俺は上の空だ。

やっとの思いで実家に着き土足のまま上がり込む。
確か妻と娘が泊まる部屋は決まっていて毎回2階の角部屋で光がとても入る場所だった。


扉を勢いよく開ける。
するとそこには泣きすぎて顔がぐちゃぐちゃに歪んでいる娘の姿と冷たくなった手を力一杯握りしめている祖父母の姿、そして光が優しく差し込むベットに横たわる
冷たくなった愛する妻の姿だった。

俺は「うそ、、、、、だ、、、ろ、、、」
と妻の身体を揺さぶる。

「おぃ、、なぁ、、起きてくれよ」
「頼むから、、、、、今じゃないだろ、、、」
「なぁ、、、、冗談だろ、、、、、」
「ゆいーーーーーーーーーーーーーー、、、、、」

心電図は無慈悲にも一本の線を書き続けている。

医者は俺の肩を持ち引き剥がし俺をの方を振り返る。

「最前の手をつくしましたが病の進行は私達の想像を絶するほど進んでおり申し訳ありませんでした。」
と頭を下げた。


俺は医者に深深と頭を下げて「ありがとうございました。」と伝え足早に外に出る。

その瞬間俺の中で抑えてた感情が一気に溢れ出していた。

それと同時に後悔が押し寄せる。
あの時もっと早く病院に連絡していれば
違和感があった時にすぐ祖父母に連絡していれば
こんな事には、、、、と
だが神様は無慈悲に空へ登る人を選ばない。

その後のことは正直覚えていない。
だが娘がパパを励ますために一生懸命何かをしていると後から祖父母に聞かされた。


妻の死後から月日が経ち娘は6歳になった。
今日は小学校の入学式だ。
新品な服に袖を通し嬉しそうに飛び跳ねる娘は妻の面影と重なり心傷が傷んだ。

俺は早起きして娘の為にお弁当を作っていたが、正直センスの欠片がない事だけは自覚していた。

お陰で娘からは「げーーー、、パパ下手くそ」
とまで言われる始末だ。

おれは娘に「くちぱっちのキャラ弁食べたいって言ったから作ったんだぞー」と言うと
娘は「くちぱっちの口はそんな3角じゃないし目の上にまつ毛なんかない」と口を尖らせながら言われた。


自信作なんだよな、、と思いながら弁当を渋々詰める。

娘は呑気にお歌の練習をしているようだ。

っと外で車が止まる音が聞こえる。
祖父母だ。

娘は嬉しそうに駆け寄る。

入学式まであと少し、、
祖父母には娘を学校に送ってついでに席取りもお願いしようとすると先に祖母から任せてと言われた。
俺の頼むことは全てお見通しのようだ。
俺は入学式用のカメラの充電が無いことに今朝気づき後から合流する予定になった。


「えっとこのコンセントをここに指して後はこのケースをっと、、、」

ふと娘の字が書かれたDVDを見つけた。
これは妻が亡くなった後娘から入学式の前に観てと言われたものだ。
正直俺はこのDVDをみることに抵抗感を感じていた。
せっかく俺なりに乗り越えようとしてるのにこれを見ると過去を思い出し卑屈になりそうになるからだ。

まだ充電完了までまだまだ時間はある。
「はぁ、、なんかDVDを観るように導かれてるようで嫌だな、、、」
でもいい時間つぶしにはなりそうだと思い手を伸ばす。

映像が流れる。

妻の病状が悪化する前に1回家族旅行で行った場所が映し出されていた。 その中にいる家族はとても幸せで円満そのものだった。

俺は手を止め映像に魅入る。

その後俺がいない妻と娘だけの映像が流れ何やらお話をしていた。 カメラは遠すぎて音声は聞き取れないが2人の顔はとても真剣だった。

随分長いこと話してたらしい。
そして、、、突然映像が切り替わる。

「あっ、、この映像は」俺は目を見開く。

そう、、妻が亡くなった後の部屋に娘が一人で立っていた。 カメラはと言うと祖父母だった。

いつ撮ったのか分からない。
だが、、娘は俺に何かを伝えたそうな表情で口を開く。

「パ、、、、、、、、、、、パ」
この時の娘はまだ言葉を覚えたばかりだ。


「だ、、い、、、、ぶ、、、、、、、じょ」
「だ、、、い、、、、、ぶ、、、、、、じょ、、」
俺の方に指を指す。
そしてぬいぐるみを祖母から貰い小さい手で包み込む仕草をした。

そのぬいぐるみは娘が生まれた時にパパと呼ばせる練習として使ってたぬいぐるみだった。

俺はずっと一人で娘を守らなければと思っていた。
だが違った。
娘はいつの間にか大きくそして強く成長していた。

顔から大量の水が溢れてでた。
「ありがとう」と呟く。

それを感じるかのように娘は円満の笑みを浮かべながら映像が切れた。


丁度充電も終わりスーツに身を通す。
決意は変わった。
今までの俺ではなく生まれ変わった俺の姿を娘に見せにいく。そして娘の成長記録をしっかり目に心に刻み込もうとカメラを握る。

車に乗りこみエンジンをかける。
「ブオン」の音とともに発進する。
車のサイドミラーに何かが写った気がした。
だが俺は怖くなかった。
それは俺の愛する妻の姿だからだ。
俺は声に出して呟く。
「ゆい、、娘はこんなに大きくなったよ、君のおかげだ、これからも見守ってやってくれ。」

車の窓から差し込む朝日がとても心地よかった。
これからやってくる新生活、、
不安も大きいが心配ない。
祖父母に頼る事もできる。
それに俺には母親に似た強くて優しい娘がそばに居るのだから。

























12/27/2025, 5:45:57 AM