すゞめ

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『ぬくもりの記憶』

 かわいいなあ。

 ベッドの上で、涙ぐみながら乱れる彼女を見つめる。
 白磁のような滑らかで透き通った彼女の肌に、唇を這わせた。
 ゴツゴツと硬い俺の皮膚なんかとは全然違う。
 柔らかな素肌に乗せた口を不自然に止めてしまうのは、甘く震える彼女の息遣いのせいだ。

 首筋を舌先で撫であげ、耳のすぐ下のつけ根を食む。
 俺の肩を掴んだ彼女の手に力が込められた。

「ぁ。そこっ、は……っ」
「痕はつけてませんよ?」

 所有の証を残したいが、今はまだそのときではない。

 急ぐな。
 焦るな。
 
 確実に役に立たなくなっている理性をかき集めてブレーキをかけた。
 彼女の熱を高めるためにゆっくりと肌に触れていく。

「う……」

 悩ましく漏れる彼女の吐息に、緩んでいく口角を抑えられなかった。

   *

 彼女が洗面台でシャコシャコと緩慢な音を立てながら歯を磨いている。
 まだ眠たいのかほとんど瞼が開いていなかった。
 青銀の毛先が彼女の肩口に触れている。
 その毛先の隙間から、鬱血痕がチラチラと見え隠れしていた。

「ちゃんと隠してくださいね?」
「んー?」

 声をかけても、彼女は生返事をするのみでフラフラと頭を揺らす。
 トン、と指先で彼女の肩に触れた。
 ゆっくりとふさふさの睫毛が持ち上げられ、彼女は鏡に映る自身を見つめる。

 鏡越しに、彼女の視線が俺の指先に移された。
 生々しく肩に残る情事の形跡に気がつき、瑠璃色の瞳が大きく見開かれる。

「んっ!?」

 クチュクチュと口をゆすいだあと、彼女はキッと俺を睨みつけた。

「また……っ!?」
「見えないところなら、いいんでしょう?」

 悪びれることなく答えれば、彼女の眼光はますます厳しくなる。

「そんなふうに許したつもりはないんだけどっ!?」
「ふむ」

「では、どう許したつもりなんです?」
「私の言葉を都合よく解釈する余裕がある人には許してない!」

 なるほど。
 必死になって懇願すれば許してくれるのか。

「理性がはち切れた俺にそんな煽り方したらどうなるかくらい、いい加減に想像つきませんかね?」

 キスマークなんて生ぬるいマーキングではすませてあげられなくなりそうだ。
 キュートアグレッションが爆発するだけならまだいい。
 仕事に影響を及ぼすレベルで抱き潰す自信しかなかった。

「……」

 珍しく、彼女が俺の言わんとすることを正しく理解する。
 彼女は身震いを起こす体を両腕でさすった。
 相変わらず、はにかみ方が斬新でかわいい。

 このかわいい生き物を今夜はどう愛でてやろうか。

 うっとりと見つめていると、彼女がハッとしたように俺の手を払い除けた。

「だ、だからって、そうやって開き直るのはどうかと思う!」

 高嶺の花だなんだと言われているが、近づけば意外と彼女の防御力は頼りなかった。
 俺の行動が、ただのひとりよがりな独占欲であることは自覚している。

「そんなにイヤです?」

 俺がため息をつけば、彼女は不安気に瞳を揺らした。

「イヤっていうか……」

 彼女は俺がつけたキスマークを指でなぞる。
 羞恥で染まっているものの、どこか慈しむような眼差しに息を飲んだ。

「だって、思い出しちゃうじゃん」
「思い出してほしくてつけてるんですけど」
「思い出しすぎちゃうから、困るのっ」
「え?」

 彼女の心の真ん中に俺はいない。
 大切な彼女の心の核の周りを、俺が無理やり囲っているのが現状だ。

 そんな彼女が俺で悶々としてくれるなんて最高だが?

「あなたの場合、そのくらいがちょうどいいんでなにも問題ありませんよ」

 チュッ、とリップ音を立てて赤らんでいく頬に吸いついた。

 彼女がコートの白帯を跨げば、俺の存在は跡形もなく掻き消える。
 そんな彼女相手に、ペアリングや婚約指輪といった常に形に残る牽制は有効ではなかった。
 贈ってしまったら、重たがって逃げてしまう。

 だから俺は、俺の温もりをひっそりと彼女に刻みつけた。

 下着のラインで隠れている肩甲骨にも、独占欲の証が残っていることを、彼女はきっと知らないだろう。

12/11/2025, 4:58:20 AM