『君が見た夢』
「れーじくん……」
愛おしそうに、俺の名を呼ぶ彼女の声で目が覚めた。
隣を見ると、彼女は健やかな寝息を立てている。
俺の夢でも見ているのだろうか。
ついに彼女の夢の中にも行けるようになったとは感無量だ。
自認できないのが大変残念である。
というより、彼女の夢の中にいるであろう俺に嫉妬しそうだった。
久しぶりに触れたせいか、昨夜は彼女に無理をさせた。
潰さないように彼女の上に覆い被されば、余韻を残した彼女の皮膚がヒクリと震える。
まだ覚醒しきっていない彼女には悪いと思いつつ、その首筋に吸いついた。
眠っている状態でも俺の唇に反応する彼女が愛らしい。
歯止めが効かず、ついその細くて柔らかな首筋に痕を残した。
何度かその行為を繰り返しているうちに、抵抗とも呼べない力で俺の肩を押す。
「……れーじ、くん?」
「あ。さすがに起きました?」
焦点の定まらない瑠璃色の瞳は、まだ眠りの世界を漂っていた。
「でも、もう少しだけこのままで」
彼女の手を取って、シーツの上に縫いつける。
「んっ……」
掠れた声が溢れた瞬間、揺蕩っていた瞳が反射的に閉じられた。
キスを待つその仕草がかわいくもあり、毒でもあり、俺は生唾を飲む。
「こら。ちゃんと我慢してください」
「やっ、ぁ……っ」
身動きが取れないのか気に入らないのか、背中を逸らしながら身を捩る。
うっすらと瞼を持ち上げた彼女の瞳には、薄膜が張っていた。
眉を下げて肩を小さく上下させる彼女の表情はひどく扇状的で、背筋からゾワゾワと昂りが迫り上がる。
「その顔は、ずるくないですか?」
「……なんで……」
夢の中の俺にどれだけしつこく迫られたのか、彼女の態度はやけに素直だ。
このまま俺の気がすむまで甘やかそう。
そう決めたとき、タイミングがいいのか悪いのか、彼女が覚醒した。
「なにっ、な、なに、がっ?」
「動揺しすぎ」
彼女の乱れた横髪を耳に流せば、言葉を詰まらせて体をこわばらせる。
いちいち反応が艶かしくて、俺の理性が削ぎ落とされた。
なんか、朝から、いろいろダメになりそうだな。
ジッと彼女を見つめていると、彼女はおずおずと視線を合わせてくる。
「ね、……その……」
言い淀む彼女の艶めいた表情や、唇を噛みしめる仕草、揺れる視線でなんとなく彼女が求めていることを察した。
「んっ」
軽く顎に触れただけで熱を帯びた声が溢れる。
夢の中で焦らされたであろう彼女を、現実の俺が甘やかすのは最高だ。
夢の中の俺よ、嫉妬に狂えばいい。
「下、向いてたらキスはできませんよ?」
赤く色づく頬や、縮められる距離、トクトクと速度を増す鼓動に耐えきれなくなった彼女が視界から俺を遮る。
長い睫毛が下を向いた瞬間に、薄い桜色の唇に自分の唇を重ねた。
「ふ、ぅ……」
短くなっていく彼女の吐息が艶かしくて、理性がこそぎ落とされる。
浅く口づけていたはずが、どんどんと深くなっていった。
彼女が求めてくれるなら、と調子に乗った自覚もある。
「夢の中の俺にどこまで焦らされたんです?」
「ち、違っ!?」
慌てて俺の胸を押し返す彼女に、クツクツと喉を鳴らした。
「違うんです? あんなに愛おしそうに俺の名前を呼んでくれたのに?」
「なにそれ。全然呼ばせてくれなかったクセに」
「そうなんですか? 俺、あなたに呼ばれて目が覚めたのに」
「目が覚め? ……ちょっ!? あぁぁっ!?」
口を滑らせたことを自覚した彼女が頭を抱えた。
オフの日の彼女は心配になるくらいガードが緩い。
「それはそれは」
夢の中の俺にいじめられてかわいそうに。
しおしおと小さくなっていく彼女を包み込んだ。
「いじわる」
俺の腕の中でモゴモゴと彼女はひとりごちる。
いじけている彼女も大層かわいくて、甘やかした。
「現実の俺なら、好きなだけ呼んでくれていいですよ?」
「…………うん」
「……」
うん、じゃなくてだな?
意地っ張りもかわいいけど。
そこは恥ずかしくても、俺の名前を呼ぶところだろう。
「そんなれーじくんも好き」
ドッッッッッッ!?
思わぬ言葉に、心臓が震える。
思いの丈を告げられるとは予測しておらず、理性の砦となっていた眼鏡をベッドボードに投げ捨てた。
「俺のほうが好きなんで、覚悟してくださいね」
「あ、ウソっ、だって朝……っ!?」
服の下に伸ばした腕を彼女が掴む。
余熱を残したその体で、彼女がまともに抵抗できるはずがなかった。
「朝からガンガンに煽ってきたのはあなたでしょう?」
柔らかな皮膚を指先で弾けば、彼女の抵抗は止まる。
「ちゃんと責任とってくださいね?」
彼女の甘やかな声を再び唇で塞ぐのだった。
12/17/2025, 8:13:46 AM