(ささやかな約束)(二次創作)
お母さん、とノーブルが言った。
「見てみて!キラキラしてるの、すごくキレイ!」
メアリィは娘の表情こそキラキラしていると笑った。今日はイミルに行商人が来る日だ。ビリビノの支配下に入ったことで、ビリビノを訪れる商人たちの何人かがイミルまで足を伸ばすようになった。中にはマーキュリー灯台から湧き出るヘルメスの水が目的の輩もいるが、灯台にはビリビノ兵が配置されメアリィの許可無く立ち入ることは出来ない。今日の行商人はガラス細工を扱っているようだった。
「ねえ、これ、買ってもいい?」
ノーブルは期待に満ちた目でこちらを見上げている。
「そうだね、いいんじゃないかな」
答えたのはメアリィではなく夫で、とかく娘には甘いこの人は、喜ぶノーブルの様子に目を細めていた。一方、メアリィは昔のことを思い出していた。まだ父が生きていた頃、村に来た行商人が同じようにガラス細工を並べていたことがあった。
(わたくしも欲しくて、お父さんにねだったのでしたわ)
どうせ壊れるからと買ってもらえず、ではと一緒に暮らしていた父の弟子アレクスにねだったのだ。
(あなたが大きくなったら買ってあげましょう――なんて)
ささやかな約束は果たされないままだ。今の今まで忘れていたけれど、思い出したら思い出したで少し腹立たしくなる。約束はおろか、生死すら定かではない人。いま彼はマーキュリー一族の裏切り者ということになっている。灯台を守るという使命に反したのだから、間違いではない。心配だけさせて帰ってこない人を、待つのも案じるのも随分前に辞めた。思えばアレクスを思い出すのも久しぶりのこと。
「お母さん?お母さんってば」
「はい?ごめんなさい、聞いてませんでしたわ」
「もーう!」
何か話しかけていたらしいノーブルはぷりぷりと怒っていて、夫が宥めている。その光景を幸せと呼ぶのだろうと、メアリィは一人微笑んだ。
11/15/2025, 10:51:09 PM