古菱

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お題:小さな命

 日曜日の午後二時、麗らかな日差しが降り注ぐ公園には可愛いが充満してる。私はそれを吸っていた。妖怪だからではなく、私にとって可愛いとは癒しに等しいからだ。くたびれた私には圧倒的に癒しが足りない。
 ベンチに座ってるだけであらゆる可愛いものが目に飛び込んでくる。よちよち歩きの赤ちゃん、はしゃぐ幼児、走り回る犬。酸素と一緒にあふれんばかりの可愛いエネルギーを吸い込み、疲れをはじめとした不純物だけ排出するよう細く息を吐き出す。
「可愛い。小さな命がいっぱいいるなあ」
「それなら俺様も小さな命だろ」
「あんたパグなのに喋ってんでしょうが。小さな命はこんな流暢に喋らないの」
 私の隣の、地面でなくベンチでお座りするパグを横目で見る。地面に直接座るのは嫌いだと言ってたパグは、見た目以外は人間じみていた。外見だけはどこからどう見てもパグでしかない。
 人の言葉を操る奇妙なパグと出会ったのはずいぶん前のことだ。最初は、私もSF映画みたいに宇宙人をやっつけるエージェントに任命されるのかと思ったけど、宇宙人が現れる気配はこれっぽっちもないまま時間は流れていった。今では慣れたあまり、うっかり人前で話しかけそうになるほどこのパグは私の日常に馴染んでいる。
 思考が人間に近いパグでも毎日の外出は欠かせないらしい。「人間も太陽の光を浴びないと調子悪くなるだろ。それと一緒だ」と主張してたけど、要するに犬の散歩である。
「そもそも小さな命ってなんだ?」
 小さな命とは無縁のパグが尋ねてきた。
「犬猫とか赤ちゃんとか、守りたくなるようなちっちゃくて可愛い生き物かな」
「俺様は守りたくならないか?」
「ならない。あんたはいざってとき言葉巧みに人を動かして守らせるでしょ」
 パグは大きく頷いたあと「よくわかってんじゃねえか」と舌を出したまま笑った。ムカつくけど、そこそこの期間を一緒に過ごしたからこいつの人柄、もとい犬柄は手に取るようにわかる。
 ひとまずあと五分くらいこのベンチで休んでから帰って、家の掃除しなきゃな。空をぼんやり見ながら予定を組み立てていたら、視界に丸いものが乱入してきた。
 ボールだ。黄色いボール。ぽーんと山なりに飛んできたボールはこちらめがけて、パグを狙い打つかのように迫ってくる。
「あっぶな」
 パグの前に手をかざす。手に弾かれたボールは地面でゆっくりバウンドしたあと、止まった。子どもが遊びに使う軽いビニール製のボールだった。
 軽いボールでよかった。ほっとしてるところに、すみませーんと遠くで子どもが叫ぶのが聞こえる。立ち上がってボールを子どものほうへ転がした。
 ベンチに座り直すと、なにか言いたくて堪らないという空気が隣から流れ込んでくる。
「今俺様はなにも言わなかったぞ」
「そうだね」
「やっぱり俺様も守りたくなる小さな命だな」
「だからあんたは違うって」
 さっきのボールみたいに軽く弾むパグの声が気に食わない。これ以上なにも言われたくなくて、「もう帰るよ」と腰かけたばかりのベンチから私は立ち上がった。

2/25/2026, 3:11:29 AM