寒い。ただひたすらに寒い。暖房もこたつも付けてないから当たり前。それでも付けないでいるのは今から外に出ようか迷っているからだ。教員人生で何百何千という生徒受け持ってきたが、最近はやたらとたった一人の教え子の事が気になって仕方がなかった。誰かを優遇とか贔屓とかそんな事をすんのは教員失格だと頭ではわかっているつもりだが、あいにく、人間の本能に抗えるような強い精神を俺は持ち合わせていなかった。
意を決して外へ出る。今日は愛車を出さず、あえて徒歩で移動することにした。つい先日までのクリスマスムードはいつの間にか年末へ変わり、里帰りなのか人がやたらと増えた。人混みに身を任せてそれはそれはブラブラと歩き続けた。少しコーヒーが飲みたくなって目先にあるコンビニでコーヒーを…とも思ったが、無意識のうちにカフェラテを買ってしまったらしかった。それにLサイズ。普段はこんなミスなんてしないのにとうとう頭もイっちまったか。
公園の隅でひと口、またひと口と苦くもない液体を啜った。
「彼女待ちだったり…します?」
聞き覚えのある声がして視線を下ろすと隣に工藤が立っていた。
「あ?なんだ工藤、最初に会ったらこんにちはだろ?」
「立ってる佐藤先生もすごくカッコイイです。結婚して下さい」
「話を聞けよ!はい、ご挨拶はー?」
「ふぁぁぁ…ほっへが…へんへ、こんいひは」
「はーい、よく出来ました」
「ホントに…そうやって女子のほっぺた触ったりして…まさか私以外に女が!?誰よその女!!?」
「勝手に茶番を始めるなっての、そもそも付き合ってねぇんだわ」
「あだっ……ところで、先生何してたんですかー?」
工藤に会いに…ってのは言えない訳で、俺は小さな嘘をつく。
「あーなんか適当にぶらぶらしてんだよ、その辺」
「彼女じゃなくて良かったー」
「工藤は何しに来たんだ?」
「私は…その…佐藤先生いるかなーって…その……出会えたらあわよくば先生のお家特定でも…」
「アホか。ストーカー行為で訴えるぞ」
「あでで…先生の優しい叩き方すら惚れそうです…新たな扉が…ふわぁぁぁぁぁ…ほっへがぁぁぁぁ」
「あんまり調子にのんな笑ったく、工藤はいつもふざけすぎなー笑」
「ふっ…ふざけてなんかないです!私は佐藤先生の事が誰よりも大好きで将来は絶対お嫁さんになるんです!」
「へーへー…せいぜい頑張れよー断るけどなー」
「諦めませんしー?あっ、先生カフェラテなんて珍しい…私にもひと口、ひと口ー!」
「ガキ自ゃあるまいしちゃんと頼めよ笑ほれ、やるよ…あ、これで間接キスなるけどなってもう遅いか」
「の、のの、、飲んじゃった…先生…と……///」
こういう時だけ素直に照れやがって全く初心な奴を見るとどうしてこんなにも胸が高鳴るんだ。アホか、俺は。
「さっ、知り合いに見られないように散歩でもすっかー」
そう言って工藤の手を引いた。滑らかで小さなその手がギュッと握り返して、俺の手は…俺の全身が熱を帯びた。寒いなんて…もう言ってられないか。冬の寒さも今日だけは静かに遠のいて行った。
題材「静かな終わり」
12/29/2025, 12:19:09 PM