すゞめ

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『夜空を越えて』

 きっと、たくさんの子どもたちがサンタクロースに願いを託したであろう夜の空。
 無邪気に託された無垢な願いは、無事に夜空を越えていけるのだろうか。

 月明かりが差し込んだ薄膜の雲の隙間からは、星が控えめにきらめいていた。

   *

 帰宅すると、珍しく彼女が夜ふかしをしている。
 あと2週間もしないうちに、彼女にとって年内を締める大舞台が控えていた。
 毎年、この時期は大なり小なりピリついているというのに、今年はずいぶんと余裕そうである。

「寝なくていいんですか?」
「あっ!?」

 声をかけた瞬間、彼女は小さな体の上半身をローテーブルに乗せてなにかを隠す。
 彼女のすぐ横には大きなビニール袋が置かれていた。

 また、変なもの作ってるんじゃないだろうな?

 咎めてしまいそうになるが、ここはグッと堪えて彼女の出方をうかがう。

「そんなに慌てなくても」
「今は見ちゃダメ」

 今は、か。

 余裕があるのは、どうやら俺も同じらしい。
 結婚前に彼女のこんな姿を見ようものなら、無理にでも暴いていた。

 彼女のぎこちない言葉と視線を受けて、俺はネクタイを緩める。

「風呂行ってくるんで、その間に片づけてくださいね?」
「ん。ありがと」
「待てをした分のご褒美、期待してますね」
「えっ」

 おどけて見せれば、彼女は驚いた様子で声をあげた。

「す、するの……?」

 いまだにちょっと照れながら俺の様子を窺うのはあざとすぎる。

 彼女の中ですっかり俺へのご褒美が、夜の営みとして結びつけられていた。
 さすがに日付が変わろうとしている時間から彼女をつき合わせるつもりはない。

「………………違います……」

 戸惑いに揺れる瑠璃色の瞳や、ほんのりと赤く色づいていく頬や、艶を帯びた薄い桜色の唇にその気のなかった欲が昂った。

 互いに翌日は仕事もある。
 今回は本当にその欲をぶつけるわけにもいかず、深呼吸をすることで気持ちを切り替えた。

「おやすみを言いたいから、ちゃんと起きて待っててもらおうかな……、と思っただけです」
「あぁ。それなら、うん。わかった」

 あからさまにホッとされるとそれはそれで複雑である。

 しかも、うっかりローテーブルから上半身を離してしまうから、なにを作っているのか見えてしまった。

「あと、隠すならちゃんと隠してください」
「んえっ?」

 画用紙を切り貼りして、彼女はサンタクロースを作っていた。
 髭の部分をシャトルの羽根を使って表現している。

「見えてます」
「みゃあっ!? れーじくんのえっち!」

 再び上半身を乗っけて隠したが、どさくさでひどい言いがかりを押しつけられた。

「否定はしませんが、今のはあなたの落ち度でしょう?」
「むうー」

 この詰めの甘さが本当にかわいい。

 むくれる彼女につい笑い声をこぼした俺は、これ以上、深追いはせずに風呂へ向かった。

   *

 寝支度をすませたときには、彼女は既に寝室へ移動していた。
 ベッドに潜り込むと、彼女がスペースを作ってくれる。

「起きててくれたんですね?」
「求めたのはそっちじゃん。ちゃんと待ってた」
「ありがとうございます」

 ギュウッと抱きしめると、彼女が素直に甘えてきた。

「それで? 夜ふかしまでして、なんで工作を?」
「ジュニアクラブでクリスマス会やるらしくて、そのお手伝い」

 彼女によると、ジュニアクラブの子どもたちを集ったクリスマス会と練習試合を兼ねた小さなイベントが、今週末に開催される。
 壊れたシャトルの羽根を使い、クリスマスをモチーフにした装飾品を作って飾りつけをするそうだ。
 職場の人からその話を聞いた彼女は、工作の手伝いをしたいと名乗り出たらしい。
 
「なるほど、だからサンタクロースですか」
「そそ。シャトルが余ったから明日は別のヤツ作る予定」
「楽しむのはいいですけど、ちゃんと寝ないとダメですよ?」
「れーじくんには言われたくない」
「それを言われると耳が痛いですけれども」

 まろやかな笑い声をあげながら、彼女が眠たそうにあくびをする。
 風呂から出たときには日付は変わっていた。
 彼女の活動時間は限界を迎えている。
 俺はメガネを外して、携帯電話とともにベッドボードの上に置いた。

「そろそろ寝ましょう」
「ん」

 短くうなずいた彼女は、枕の位置を調整しながら眠る体勢を整えた。
 そんな彼女の頭を撫でながら、俺も羽毛布団をかける。

「待っててくれてありがとうございます」

 言葉なくうなずいた彼女が目を閉じた。
 彼女の右手の指先が、遠慮がちに俺の左手に触れる。
 細い指を絡み返せば、目を閉じていた彼女の長い睫毛がゆっくりと持ち上げられた。
 彼女は微睡んだ視線を向けたまま、律儀に「ご褒美」を求めた俺を待っている。

 この無防備な眼差しを独占できるのであれば、なにも言わずに朝まで過ごしたいくらいだ。

「おやすみなさい」
「おやすみ」

 チュ、と軽いリップ音を彼女の唇の上で立てる。

 満足そうに目を細めたあと、彼女はそのまま目を閉じる。
 すぐに健やかな寝息を立てた彼女にならい、俺も眠りにつくのだった。

12/11/2025, 11:48:10 PM