僕は、柄にもなく一人の男に視線を釘付けにされていた。
容姿端麗、眉目秀麗。勉強をさせれば全科目学年1位、運動をさせても軽くこなす。誰もが認める完璧な男が、僕だった。自分にはそれなりに自信もあったし、事実それなりにモテた。僕自身が恋愛に無関心だったから、告白してくる有象無象は全員フったが。
そんな僕が、一目惚れ。自分でも信じられなかった。彼が教室に入ってきた瞬間、体の隅から隅まで、全細胞が彼に集中するような気がした。
転校してきた彼は、着崩した制服に微かに香る紫煙の匂い、なぜかいつもどこかしらに貼られたガーゼに、気怠げに伏せられた鋭い眼光を湛える瞳。誰がどう見ても不良だった。彼の噂はたちまち学年中に広まり、転校する前に喧嘩で人を殺しかけただの、警察沙汰になっただの、あることないことがまことしやかに囁かれていた。
けれど、そんなのが全て耳に入らなくなるくらい、顔がタイプだった。僕は面食いなのだ。どれだけ不良だろうと、顔が良ければ全て許せる。
僕はその日から、何かにつけて彼に絡むようになった。大抵は鬱陶しそうにあしらわれて終わりだが、たまに気が向くのか都合良く使われている。財布代わりだったり、足としてだったり。本来なら怒るような扱いだろうが、顔がいいのでオールオッケーだ。僕のベタ惚れ加減は次第に広まり、面倒だった告白も減っていった。一石二鳥である。
そんな、ある日。僕は、ちょっとした理由で酷く拗ねていた。家族に誕生日を忘れられたのである。祝いの一言も無く、本当に何もない日のように誕生日が終わった時、何故か僕は酷く酷く傷付いて、こうして翌日まで不機嫌さを引きずっていた。友人は誕生日を祝ってくれたが、僕の機嫌は中々直らない。自分でも面倒なのは分かっていたが、それでも機嫌を直すのはできなかった。
「……なぁ。」
初めて、彼から声をかけられた。いつもはうざったいほど話しかけてくる僕が、今日は一日中机で不貞寝していたから、きっと不自然に思ったのだろう。傍にいた友人が恐る恐る事情を説明すると、彼は鼻で笑ってその場を離れようとした。普段なら許せるそれも、今日は腹立たしく思えて、いっそ涙さえ溢れてくる。隠すようにさらに深く机に突っ伏すして鼻をすすると、手のひらに何かひやりとしたものが触れた。
ちらりと顔を上げると、彼が何かしている。
「……なに……」
「他の奴に教えんなよ。あと無駄に連絡はしてくんな。」
何を言っているのか分からず手のひらを見ると、彼の連絡先のフレンドコードと思しき数字の羅列がマジックペンで書かれていた。
「え、こ、これっ……」
彼は小さく笑って、ペンで僕の頬をぐりぐりと押し込みながら言った。
「誕生日おめでと。」
一発で機嫌を直した僕は、相変わらず彼に絡んでいる。携帯のチャットアプリの友達欄は、新たな連絡先が一つ、追加されていた。
テーマ:手のひらの贈り物
12/20/2025, 7:34:45 AM