沖江 志光

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世界で一番愛されていたその人物はしかし、突然に1枚の遺書を残して失踪した。

「みんな彼女の話題で持ちきりだね。」
「それはそうだろ。この3年で一気に頭角を現して世界のスターになった人物が何の前触れもなく失踪だ。嘆きたくなる気持ちも、探したくなる気持ちもよく分かるだろ。」
新聞を読みながらそう答える。どの新聞も1面で彼女のことを報じていた。直前の行動や人間関係などあることないことを書いて色々な妄想を垂れ流している。
「君はどうしてこんなことが起きたんだと思う?」
「知るわけないだろ。俺は未だに人々が彼女に夢中になる意味すら分からないよ。」
「そっか」
そっけなく返す彼女の口角はしかし、ほんの少し緩んでいるように見えた。
「これからどうするの?」
「もう少し人気のない所に向かうつもりだ。それで良いか?」
「うん。私は良いよ。」
それで会話は途切れて俺は新聞を読み漁る作業に戻るのだった。

黙々と新聞を読み漁る彼を見つめながら、少し口元が緩んでいるのを自覚した。彼と2人でこれだけ一緒に居るのは久しぶりだった。全ての物が手に入っても、一番欲しいものが手にはいらないならどうでもよかったのだった。
久しぶりに訪れて、急なワガママを言った時の彼の顔はしかし、予想していたかのように冷静だった。
「どうしてだろうね。やっぱり私は君が良いんだよ。」つぶやく。
世界の誰よりも彼が欲しいのだった。

今までの日々を思い出す。皆に望まれて振る舞う彼女も、影での努力を隠して微笑む彼女も。ずっとずっと見ていたのだった。それでもやはり人々が彼女に夢中になる意味が分からない。今、彼女が浮かべている表情より魅力的な姿を彼女は人前では見せていないのだから。だからこそ、彼女の願いは叶えるつもりだった。彼女のことをずっと見ていたのだ。誰よりも。

2/16/2026, 11:01:28 PM