「私、今日のこと忘れないよ」
夜が更けた住宅街に私の声がぽつりと置かれる。あなたはそれに「大袈裟すぎる」と呆れた顔。
それでも聞くことをやめようとはしないで、私の言葉を待ってくれる。あなたの歩く速度はさっきよりもゆるやかになった。
「この先きっと、ひどいことがたくさん待ってる。その度苦しくなって泣いて、立ち止まってしまうと思う」
私の言葉に、あなたは顔を歪ませる。
あなたのそういうところが好き。私の言葉ひとつひとつを丁寧に聞いてくれる。考えてくれる。想ってくれる。それが愛おしく、たまらない。
一呼吸置いて、空を見上げる。遠くに見える星は、一番二番と増えていって数えきれない。あの空が、今はそう遠くないような不思議な気持ち。
「でもね、私は今日をお守りにして生きていくよ。私には、こんなに素敵な思い出がある。また歩き出せる。だから、大丈夫だよ。」
あなたが頷いてくれるから、私の言葉は意味をもつ。大丈夫が本物になる。私にとって、あなたは神様のようなものだった。
足を止める。もうさよならしなければならない。
お別れはいつだって悲しい。今日が終わってしまうことが、今日はもう二度と訪れないことが、ひどく寂しい。
するりと掴まれた手がそのまま繋がれる。あなたの目が、さっきの私と同じだった。
「また明日」
そう笑ったあなたを見て、私は柔らかな気持ちで今日にさよならを告げられる。
『今日にさよなら』
2/18/2026, 4:08:10 PM