人というものを経験して人は、自分を過信するのが得意なようで得意じゃないんだなと私は思った。
誰よりも考えてると
誰よりも行動してると
それはきっと自分の中での事実で、外での事実とは異なることなんだ。
目の前でおばあちゃんが転んだ時、あなたは助けようと思った、だが行動は出来なかった。他の人が歩いてきたのが見えたから。
端から見ればあなたは助けない酷い人だ。外の事実とはこの事で、内側で感じたことや思った事はあなたにしか見えず思えないから、あなただけの事実だね。
誰よりも自分は酷い人間だ
行動が伴った嫌でもどこか納得してしまう過信だ。
おばあちゃんを助けた人も本当は良い人を演じたかっただけなのかもしれない。でも助けたから外での事実だけではその人は優しい人。
あなたは動けなかっただけ、助けるのにも責任を感じてたのかもしれない。
その人は良い人を演じて、周りを生きやすくしたかったのかもしれない。
悩み方が違う。
それでも、お互いに共通して思うことがある。
「誰よりも自分は酷い人間だ」
それは手を差し伸べる事が出来なかったから、
自分の生きやすさのために手を差し伸べたから、
事実に自分に、過信し過ぎるのが私たちなんだ。
題名:誰よりも生きづらく信じてきた。
2/16/2026, 11:49:59 AM