【今日のさよなら】
今日のさよならは、昨日のそれよりも重たかった。
彼女は明日から海外で暮らす。クラブ移籍のためだ。
フィギュアスケートで無敗記録を更新し続けている彼女は、対人能力がまるでなかった。
視線恐怖症も相まって目を合わせられないし、本人も苦手意識があるから人を寄せ付けないように息を殺している。けれど硝子の美貌は凄みを増していくばかり。
注目を集めてもそのほとんどを取り合わないし、話しかけられてもひとつふたつ言うのみで会話を続けられない。
高嶺の花。
それが彼女だ。
「だいじょうぶよ。わたしがんばるから」
「…。うん」
分かっている。
花を手折ったのはぼくだ。替えのあるストックで終わりたくなかった。彼女は禁欲的で厳格な淑女。ぼくは享楽的で自堕落な怠け者。釣り合いたいと努力しても、幼少期から実績のある彼女にはどうやっても追いつけない。
でも、ぼくは選ばれたのだ。絶対に手放さないし、手放されないよう努力する。努力で変えられないものを恨んでも仕方ないように、努力で変えたものはたくさんあるのだ。
「ねえ、だいすきだよ。ぼくの白百合」
「ふふ、だいすきよ。わたしの青薔薇」
2/19/2026, 2:45:20 AM