「ごめん尾上。俺貰っちゃったわ」
佐倉は勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、俺の眼前にそれを突き出した。赤いリボンでラッピングされた、ハート型の小さなチョコレート。
「お母さんから?」
「お母さんからじゃねえよ。どう見ても本命だろ」
たしかに、お母さんがお情けでくれるタイプのチョコではない。
義理チョコだったらまず手作りはしないだろうし、チョコはハート型で、丁寧にラッピングまで施されているのだから、きっと正真正銘の本命チョコだ。
「……じゃあ誰から?」
「後輩の女子」
「部活の?」
「そ。顔真っ赤にして渡してきてさ、受け取った瞬間にすぐ走っていっちゃって」
あれかわいかったなあ、とかなんとか言ってる佐倉の鼻の下は、完全に伸びきっている。こいつ殴ってやろうかな。初めて女子からチョコを貰って、こいつは明らかに調子に乗っている。
「なんか俺だけモテちゃってごめんね?」
「貰ったの1個じゃモテてるって言わなくね」
「0個の奴に言われたくないけど」
「いや俺だって1個は貰ったし」
「え!?」
嬉々としてマウントをとろうとしていた佐倉は、途端に顔色を変えた。愕然としたように「マジで?」と聞いてくる。こいつは1つも貰えていないに違いない、とでも思っていたらしい。舐められたもんだ。
「え、誰から? お母さん?」
「お母さんじゃねえよ。下駄箱に入ってて、誰が入れたのかはわかんない」
「嘘じゃね?」
「嘘じゃねえよ。ほんとに入ってたから」
「じゃあ今見して」
「…………」
ため息をついて、鞄の中を探る。そうして引っぱり出したものを佐倉に手渡した。
「ほら。嘘じゃないだろ」
「…………」
佐倉は手の中のそれをしばらく見つめてから、怪訝な顔で言った。
「これボンタンアメじゃん」
「そうだよ」
ボンタンアメ。昔ながらのお菓子。オブラートに包まれた、オレンジ色の四角いもちもち。
「みんな大好きボンタンアメ」
「いやまあ、美味いけど。バレンタインにボンタンアメあげる奴いないだろ」
「それはそう」
今朝下駄箱をのぞいて、上履きの傍らにボンタンアメの箱が置いてあるのを見たとき、わけがわからなかった。なんでこんなところにボンタンアメが、と思って、ちょっと考えてからようやく「もしかしてバレンタイン?」と思い至った。
差出人はいったいどういう気持ちで、バレンタインの贈り物としてこのお菓子をチョイスしたのだろう。本命か義理かもわからない。
と、ふいに佐倉が口を開いた。
「お前さ、最近おばあちゃん助けた?」
「は?」
「街で助けたおばあちゃんがお前に惚れて、ボンタンアメを贈った可能性はない?」
「何言ってんの? おばあちゃんどっから来た?」
「ボンタンアメってなんかおばあちゃんがくれるイメージだから」
「そうか?」
「差出人はお前に惚れてるおばあちゃんの可能性が高いな」
「マジで……?」
非モテの俺はバレンタインに誰かから贈り物を貰うことなんて初めてだから、本当は手放しに喜びたいのだが「バレンタインにボンタンアメ」という不可解さが邪魔をする。もしかしてこれは、何らかのメッセージなんだろうか。ボンタンアメを介して、誰が何を伝えようとしてるっていうんだ。
俺と佐倉は下校時刻になるまで教室に居残り、バレンタインボンタンアメ事件についての考察を繰り広げたが、結局、結論は出ずじまいだった。
【テーマ:バレンタイン】
2/14/2026, 4:02:43 PM