『星になる』
空へと託した思いが星となってきらめくのか。
はたまた、成就した願いが輝きに満ち満ちて星となるのか。
都合のいいときにしか縋れない俺には、どちらにせよ関係のないことだった。
*
街中のイルミネーションや、ショッピングモールのBGM、駅前のクリスマスツリー。
12月に差しかかるやいなや、世間は一気にきらびやかな雰囲気を纏った。
カップル3大イベントのひとつでもあるクリスマスは、たくさんの人々を浮き足立たせる。
当然、俺もそのひとりだった。
今年は彼女と迎える初めてのクリスマスになるのだが、残念ながら、俺はひとりきりで過ごす。
この先、彼女と関係を続けていくのであれば、この悲しい現実は避けて通ることはできなかった。
人生の真ん中がスポーツになっている彼女は、浮かれた世間と反比例するように緊張感が高まっていく。
神経質に周囲に気を配りながら、彼女は静かに牙を研いでいた。
会いたいな……。
俺が自重するべきなのはわかっていたが、言い聞かせるほど彼女に会いたいという欲求が強くなる。
携帯電話のメッセージアプリを開いて、「会いたい」という4文字を打っては消してを繰り返した。
「今夜、会えますか?」
さすがに恋に恋する乙女すぎて自己嫌悪したのち、俺の本音を彼女に送信する。
「明日は休みだから大丈夫」
なんて、期待しかさせてくれない返事が来るから調子に乗りそうになる。
「よかった。ちょうど小さなクリスマスツリーを出してみたんで、見にきてください」
「ん。19時前には行けると思う」
世間がクリスマスに染まっているうちに、少しでも彼女と時間を共有したくて無理を強いた。
ふたつ返事で応じてくれた彼女の本音には、怖くて触れられていない。
それでも、ヘタクソなインターフォンが聞こえると、自然と胸が高鳴ってしかたがなかった。
「忙しいのにすみません。連絡くれれば駅まで迎えに行ったのに」
「そこまでしなくていい」
マフラーで口元を隠し、はにかむ彼女の姿が愛おしくてたまらない。
「それより、これ……」
食欲をそそる揚げ物の香りがすると思ったら、彼女がチキンを買ってきてくれた。
「突然クリスマス、とか言うから……。で、でも、いきなり言われてもプレゼント? とか用意できてなくて。食べ物だから代わりに、なるかはわかんないけど、ないよりかはマシかって」
「うれしいですが、でも、あなたに揚げ物は重たくないですか?」
「私は、パイ生地の中にシチューが入ってるヤツ買ってきた。あ、れーじくんの分もあるよ?」
ビニール袋を広げて彼女は中身を見せてくれた。
どうやらチキンのほかにも、サラダなども買い込んでいるらしい。
「なら、冷める前に一緒に食べましょうか」
彼女の手荷物を引き取りながら、制汗剤の香りが残る耳元に口元を寄せた。
「あと……」
耳元で喋りかけただけで、彼女は皮膚を小さく震わせる。
潜めた息が鼻から抜けて甘く掠れた音が溢れた。
彼女のその仕草ひとつで、理性が削ぎ落とされる。
「今日はもう、帰さなくてもいいんですよね?」
「ん。……ん!? んんっ!?」
ボンッと顔を染めて、彼女は大きな瞳を丸々とさせた。
いったい俺になにを期待したのやら。
嗜虐心を煽られるが、玄関に立ち込める揚げ物の油とハーブの香りが色めく雰囲気を作らせてくれない。
「え? なんですかその反応!? まさか飯食ってすぐ帰っちゃうつもりですか!? お外もこんなに暗くなっちゃいましたよ!? もっとゆっくりしていってください!? 寝室の飾りつけ、まだ少し残ってるんで手伝ってほしいですっ!?」
「飾っ……り、つけ?」
「ええ。なので、とりあえず、あがってください」
玄関の鍵をかけ、チェーンも閉めて逃げ道を塞いだ。
冬の澄んだ空にきらめく星々よりも一等輝く彼女を、早く抱きしめるために。
12/15/2025, 6:06:49 AM