汀月透子

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〈雪の静寂〉

 この街で大雪とか、マジでレア。
 バイト先のコンビニを出た瞬間、息が白くなった。
 っていうか、世界が白くなってた。

 今日は最悪。
 店長が「ギョーカイなんとか会合」とかいう、よくわかんない集まりに行ってて、帰りが遅くなった。
 先輩は「無理しないで帰りな」って言ってくれたけど、ワンオペはさすがにムリ。だから店長が来るまで残った。
 偉くない? ウチ。

 普段なら家まで十分もかからない道なのに、雪かき分けないと進めない。ショートのレインブーツ、完全に選択ミス。
「カイロ代わりに」って店長がくれたホットレモンティの缶は、もうぬるくてただの重り。家でレンチンすればいいのかな。

 家まで半分くらい来たところで、コートのポッケで震えるスマホ。ママからだ。
〈遅いけど大丈夫?〉
 コンビニ出るとき「帰る」って送ったのに。やっぱ時間かかってるからかな。
〈迎えに行こうか?〉
 ちょっと迷ってから〈大丈夫〉って返す。車出すのも大変そうだし。

 また歩き出して気づいた。
 ──静かすぎる。

 車も通らない。誰も歩いてない。
 雪を踏むサクッ、サクッって音だけが聞こえる。
 先輩が前に言ってた。雪が音を吸収するから静かになるんだって。知らんかった。
 ほんと、世界にウチ一人だけ、みたいな気分。

 見上げると、空は灰色。暮れてもう夜になってるはずなのに、なんか明るい。
 なんだっけ、こういう色。鈍色(にびいろ)だっけ? 古典の授業で聞いた気がする。
 真面目に授業聞いてたとか、奇跡じゃん。

 街の灯りがぼんやり反射して、オレンジ色も混ざってる感じの空。そこから、ゆっくりゆっくり雪が舞い落ちてくる。
 うまく言えないけど、こーいう気持ちが「いとおかし」って言うのかな。
 なんか、キレイで、ちょっと切なくて、でも嫌いじゃない感じ。

 進路のこと、友達のこと、ママのこと。
 いつもは頭ん中でグルグルしてる悩みが、この静けさの中で少しだけ軽くなる。
 雪が全部吸い取ってくれるみたいに。

 サクッ、サクッ。雪を踏む音。
 白い息。
 降り続ける雪。

 その時、遠くから声が聞こえた。
「雪だるま作る!」
 子供の、はしゃいだ声。どこかの家では、親子が雪遊びをしてるんだ。
 笑い声が、静寂の中に小さく混ざる。

 ああ、ウチだけじゃないんだ。
 みんな、この雪の中にいるんだ。

 ようやく家の灯りが見えてきた。
 オレンジ色の窓。玄関の明かり。今日はなんか、あったかそうに見える。

 そして、ウチの家の前で、厚着したママが外で何かやってた。
 ポストの上に、小さな雪だるまが乗ってる。

 え、マジで? ママが作ったの?
 思わず、ぷっと笑っちゃった。

「……なにやってんの」
「車のワイパー上げてなかったからさ、見たついでに」
 ママはそう言って、ちょっと照れたみたいに笑う。

「お帰り」
「ただいま」

 ママの声が、雪の静寂をやさしく溶かす。
 ウチの中でも何かがちょっとだけ溶けた気がした。
 それが何なのか、ウチにもまだわからないけど。

 雪はまだ降り続けてる。
 でも、もう寒くない。

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以前書いた「冬へ」のギャルのお話です。
雪国の方には笑われそうですが、10cm積もったら動けなくなるのです……

12/17/2025, 11:41:14 PM