動画を見ながら寝落ちしていたらしい。ふと目が覚めて、動画を閉じるついでに習慣のひとつとして通知を見た。
30件以上、メッセージが溜まっていた。送り主は同一で、懐かしい、数年前に縁が切れた友人だった。
「気にしない方が良いよ」
先に目を覚ましていた知らない男に肩を抱かれた。どうやら動画を見ていたついでに通知が目に入っていたようだ。
「大丈夫だよ」と愛想笑いをして、携帯を片手に換気扇の下へと移動した。煙草に火を着けて、息を吸う。
『生きてる?』
『まだ死んでないよね?』
最初の10個程はそんな他愛無い生存確認だった。けれど、そこから先は全て、罵詈雑言だった。
こんなの、返信するしかないじゃない。だって、私を見捨てたその瞬間まで、何一つ吐かないようにしていた優しい人が、ここまで悪鬼と化しているのだから。
『ごめんね、寝落ちして今起きた』
そんな、昔のような返事をした。
『ちょっと、延期しちゃった』
私からの返信が来るや否や、再び携帯が小刻みに震え出した。短い罵倒の一つひとつで、漸く事態を把握した。
『春ちゃんのお父さん、泣いて叫んで壁に頭を打ち付けてたよ』
運命の悪戯か、神の天罰なのか、悪魔の嫌がらせか。どうやら接触してしまったらしい。
壁に寄り掛かって、煙と共に乾いた笑いを吐いた。
『あー……〇〇くんも、呑まれちゃった?笑』
今まで彼奴等に何をされて、今こうして死に損ねているのか、詳しく話さなかったものね。
被害者面した彼奴等に唆されて、貴方も完全に奴等の仲間入りとなった訳だ。そうなりゃもう、私の言動は全て、断罪すべき加害者の独り善がりな我儘でしかない。
ベッドに置いていった男がいつの間にかに隣に立っていたが、横目じゃボヤけてよく見えなかったので気付かぬ振りをした。
『呑まれるってなに』
質問には答えなかった。
メッセージのやり取りはもう、会話の体を成していなかった。互いに己の言いたいことを投げつける壁打ちに過ぎなかった。
『ごめんね』
『関わらせたくなかった』
『もう関わらない方が良いよ』
伝わるかな。頭はずっと私より良いけど、いつも肝心なとこが駄目だからな。
『彼奴等は、私の親だからね』
そこで、やっと。嗚呼、これは夢だと自覚してきた。
ボヤけていた視界が鮮明になると共に、遠くなっていく。
駄目だよ。まだ、言いたいことがあるの。
「どうしたの」と心配そうな声に、「何でもないよ」と愛想笑いをして、必死に指を動かした。
『私の次は彼奴等に良い様に騙されて、本当馬鹿だね』
『少しは学んだら?』
『そんなんだからこんな女に引っ掛かるんだよ』
『バイト先の先輩にも見下されて当然だね』
『救える力も知恵も無い癖に救世主面して』
『なのに救う気も無くて都合良く放置して』
『取り返しが付かなくなったら掌を返すとか、最低』
『〇〇くんのそういう所、前からずっとキモかった』
『どんな男にも同じようにしてるのに自分だけは好かれてると思ってた?笑』
『暇潰しの玩具にしか思ってないのに笑』
『お前ら男って本当に馬鹿ばっかり』
『まあ、お陰で良い暇潰しにはなったけど笑』
『でも完全に飽きたし今は新しい男がいるから、もう連絡して来ないでもらえる?』
『気色悪いわ、お前』
頭を回せば回す程、霧が薄れて現実が顔を出す。瞼を開けば完全に終わるとこまで来ていた。
まだ。まだ、覚めないで。反応が知りたいの。隣の男みたいに、いや、それ以上に、この子は騙さなきゃいけないの。
現実の、窓の外から車の走行音がはっきりと聞こえてきた頃。リアリティな絵画の様な景色の中で、文字が浮かび上がった。
『そんな奴とは思わなかった』
『わかった』
最初の、正義を盾にした怒りの罵倒とは違う、失望と諦観と侮蔑が伝わる言葉に安堵して、現実で強張っていた身体の力がふっと抜けていくのを感じた。
「ごめんね、それが正しいよ」と、打ち込むことは出来なかった。
まだ朝日が昇っていない暗い部屋の中。目の前の壁すら視認することなく、ただ外の雑音とエアコンの音を聞いていた。
3時間弱しか眠れてないのかと確認をして、独り、ぼんやりと考えていた。
一緒に寝ていた男は誰なんだろうな。
まあ、いっか。
夢の中の私は途中から、追い詰められるように、決断していた。あの男と話すことは二度とないと、現実の私は確信している。
いつだって、夢の中の方が先にお別れしてるんだ。
私も早く、追いつかないといけないのに。
2/18/2026, 8:06:29 PM