おぼろげ

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【お気に入り】※長文注意
―喫茶店の薫り―
「マスター、いつもの」
「………は?くたばれ」
榎本がカウンター席に座り、格好をつける。
それに答えたのは堀川京だ。名前は京と書いて、みさと、と読むと教えたがそんなことは榎本の頭にもうない。
「てか、今日は俺等が皿洗い当番だろ?さっさと終わらせるよ」
「だから、マスターいつもの、って言ったんだよ」
「あっそ。皿洗いしよっかー。」
今は客足がない。というか、もう夜だ。でも、夜になるにつれ、喫茶店には沢山人がやってくる。
「ねね、俺、1回位言ってみたいんだよね。マスター、いつもの。って言ってお気に入りの飲み物が出てくるやつ!」
「どうでもいい。」
京はいつもはボケ担当だが、二人きりだと榎本が馬鹿すぎてツッコミ担当に必然的になってしまう。
「てか、飲み物出すって…亮に頼めよ。」
「八木さん?八木さんは忙しいでしょ。」
「俺も忙しいわ。」
「堀川さんは暇だろ」
「よーし。分かった。明日の朝日は拝めないと思え」
榎本はカウンター席の高さのある椅子から飛び降りる。ようやく皿洗いする気になったらしい。
「えー、でも、なんか出してよ〜」
「亮に頼め」
「堀川さんの料理食べたい〜」
「ルイボスティー位しか淹れられないよ?」
「じゃあ、レイルボスティーってやつで」
「ルイボスティーな」
俺は手際よくルイボスティーの準備をはじめる。隠し味の蜂蜜も入れて、レモンも少し……あぁ、いつも、こうやって麗奈に……
「できたよ」
カウンター席に座っている榎本にルイボスティーを置く。榎本は自分でかっこいいと思っているのか、地味に低い声でありがとうマスター、と言った。
「う〜ん。あんま好きじゃない味。」
「だったら飲むな」
「でも、」
榎本は榎本らしい満面の笑顔をして、はっきりと言った。
「優しい味がする。これ、八木さんには出せないよ。俺のお気に入りだね。」
こんなことを言う子だったっけ。俺は、少しドキリとして、照れ隠しで八木さんの話にした。
「八木さんには敵わないって。」
「じゃあ、マスターいつもの、って言ったらこれ出してよね」
「もうやらない。」
「何飲んでるんですか。私にもそれください」
いつの間にか百花が喫茶店に来ていた。
今日も、喫茶店には賑やかな声で溢れている。

2/18/2026, 8:41:36 AM