『子供の頃は』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
『子供の頃は』
子供に戻りたい
人に合わせずありのままの自分でいられるから
大人も周りを気にする必要なんてないのにね、
ちーいさーい頃ーはー かーみさーまがいーてー ふーしぎーにゆーめをー かなーえーてくれたー
そうだったっけ?
存在を否定されて、蹴られて、殺すとも言われた。
始まりは僕が7つの頃、担任の先生がこういった。
「この子はおかしい子です。」
その日、僕はいきなり知的障害児になったのだ。
それから数年経って、僕は急に健常者になった。
あの頃の僕と今日の僕は一体何が違うのだろう?
そう考えずには居られない。
未だ階下には神がいる。すべてを司る神がいる。
【⠀子供の頃は 】
子供に戻りたいとよく言います、
子供の方が楽だから、
子供の方が意見を強気に言えるから、
子供の方が拗ねれるから、
子供の方が喧嘩を正面からできるから、
子供の方が泣けるから、
子供の方が駄々をこねれるから、
などなど、、でもよくよく考えてみれば
これって大人でもできるじゃないですかと思います
なぜ、一体いつ、誰が、何を、できなくさせたんでしょうか、、
政治?それでも環境?どれもこれも違うと思います、
人の成長の証とも言えるし、人の我慢の限界とも言える
人においての人間関係ではないでしょうか?
答えは人それぞれだと思います、
子供の反対は大人
大人の反対は子供?
芝生の上にゴロンと寝転がることを
「ちょっと恥ずかしいかな」て一瞬躊躇したとき、
窮屈な時間に慣れ過ぎたもんだと
自嘲する笑みが溢れた。
子供の頃は
草だらけになって、青空見上げて、
時間をを忘れるくらい無邪気に笑っていたのにね。
「おやすみ」と
たったひと言
君からの
深夜のLINE
それだけで
眠りは
安らかに
わたしに
訪れる
✩ それだけで (186)
不意に歩いていると、子供たちが、こちらへ走ってくる。
狭い路地を慌ただしく駆けて、私のそばをとおりすぎ、小さな笑い声たちは遠ざかっていった。
「懐かしい......。」
私もああやって、小さい頃はどこでも、とにかく遊びを見つけて駆け回ってたっけ。そのときは、どこもかしこも秘密の場所のように感じていたのに。
高くなった背。ひどく慣れてしまった景色たち。
あの子たちにとって、遊び場の路地裏に、大人になった私は何も感じなくなっていた。
子供の頃は、天真爛漫で無邪気に遊んでた。すごく、楽しかった。
でも今は、対人関係に上手くいかない。昔みたいに遊べたらいいのに。
*子供の頃は*
子供の頃は
人に馴染めなくて…
いつも1人だった
図書室の雰囲気が好きで
いつも図書室にいたように
思う…
騒がしいのはにがて
だから、誰も
いない教室から
外を眺め、なんで
みんなは騒がしいの
だろうと疑問だった
1人になると…
あー落ち着くと
安堵してるわたしが
いる
「子供の頃は」
子供の頃はおばけが本当に怖かった。
絵本の可愛らしいおばけの挿絵さえ怖くて半泣きだった。
いい歳になっても怖いものは怖い。おばけが怖くて何が悪い。
─などと昔に浸っている場合ではない。もう良い時間だし友人に電話入れないと。
「その日は他の予定があるからまた今度…うん、うん。本当にごめん、それでさ…」
突然に真っ暗な廊下の電灯が灯る。
誰かいらしたのだろうか。どなたでも良いがつけっぱなしは良くないと思う。
「…あ、ううん。何か勝手に廊下の電気がついた。……違うって。吃驚させるの本当に良くないよ。何でいつもやりっぱなしなんだろ。消されても嫌だけど。ああ、それでさ…」
話しながら廊下の電気を消す。
いいか、自分はおばけが怖いんだ。
いらっしゃるのは良いとしても吃驚させるのは控えて欲しい。魂がヒュッてなるでしょ。
子供の頃は
子供の頃は夢があったな〜。ラジオが好きで、ラジオの組立てセットを買って来て夢中に組み立てていた。女のコにもモテたっけ。きっと立派な技術屋になると思われていたんだ。それから本もよく読んだ。読書家ということで学級委員もやった。きっと哲人政治家になると思われていたんだ。それからいく歳月、苦労もした。艱難、汝を玉にする。全く角がとれて丸くなったものだ。今は、昔が懐かしい。人生は子どもの見る夢のようにはならないのが良くわかった。友達も多く亡くなって今は生きていることに感謝している。
6/23 お題「子供の頃は」
老人は、深い溜息をひとつついた。
「わしが子供の頃は、こうではなかった」
遥かな昔に思いを馳せるように、目を細めて遠くの空を眺める。
「あのダイヤモンドタワーがあったあたりはまだ山脈で、川ももっと向こうの急な土地を流れておった。郊外には森があってまだ古代樹が生えておったし、都心のアルティメットビルのあたりは岩場で、言葉を話すフタマタオトカゲがた〜くさん棲んでおった」
「またヨタ爺さんの昔話か」
子どもを連れ戻しに来た父親が、呆れたように腕を組む。
「程々にしてくれよ。子どもたちが信じたらどうすんだ」
「ヨタじいちゃんはウソつきじゃないよ」
「ほら見ろ、最年長のカイですらこうだ」
子どもたちに囲まれた老人は、困ったように眉を下げて笑った。
「すまんな。子どもたちよ、今日の話は終わりじゃ。またな」
父親に手を引かれた少女を先頭に、子どもたちは振り返り、手を振りながら、休息用のドームを出て行く。
一人残された老人の懐から、小さな生き物が顔を出す。
「まあ、子供の頃は、ウソみたいな夢を見るのも悪くないよね」
「失敬な。お前さんは事実を知っとるじゃろ」
老人はしわしわの指で、四百歳を超えるフタマタオトカゲの額を小突いた。
(所要時間:32分)
「子供の頃は毎日楽しかった。」
「小学生に戻りたい」
「中学生に戻りたい」
「高校が楽しかった」
「大学が楽だった」
「あのときこうしておけば」
いい加減気付こうよ
今が一番大切で楽しいことに。
後悔はあるけど未練はなくて
空に煌めくには丁度いい夏だった
子供の頃は感じていた閉塞感
どこにも逃げ場のない怖さ
そんな中に入り込んできた希望のかけらは
玄関先でないていた
小さな一匹の子猫だった
大人になって得られた
それなりの安心感には
たくさんの責任と制約があるけれど
自分の意思で
猫と暮らせる可能性があるだけで
たぶんもうそれは
わるくない人生ってこと!
「子供の頃は」
子供の頃は、
大人はもっと大人だと思っていたし、
もっと遠い未来のことだと感じてた。
大人になったはずの等身大の自分は、
こんなにも子供なんだ。
それにしても、
振り返ればあっという間だった。
#15
子供の頃に、私は大きな傷を負ってしまった。
痛くて痛くて、ずっと泣いていた。でも、誰も気づいてくれなかった。
そのまま大人になっていくにつれて、あの時どこかに、成長するためのピースを落としてきてしまったのかもしれないと、考えるようになった。でも落としたものを見つけるなんてできないし、複製するなんてこともできない。だから見ないふりをした。その時、きっとたぶんもう一つのピースを落としてしまったのだと思う。
今も、時々歯抜けの穴から子供の私が見え隠れする。
子供の頃は
子供の頃は無敵だった。
なんでもできる気がしたし、自分に自信があった。
これからの先にも希望が持てた。
あれから、十数年
今となれば、自己肯定感は底辺に下がり、今後にも希望が持てない。
そんな国に生きている
あなたはどんな子供だったの?
そう君に聞かれた瞬間時間が止まったかと思ったよ…
僕は子供の頃人と関わることを嫌って、ずっと一人でいて、大人も先生も親も友達も敵だった。
クラスの人達は僕のことを虐めてきて、
親は死んでしまって、
先生は見て見ぬふりして、
大人は誰も助けてくれなんてしなくて、
だから塞ぎ込んだのが子供時代だった…
そんなこと君に話せる訳もなくて、
「普通の子だったよ、」
その答えしか見つからなかった。
「普通の子ねぇ、あなたが〜?」
「逆に君はどんな子だったの?」
「私〜?ん〜なんでも口に出してよく喧嘩したり〜親にめっちゃ反抗したり悪い子だったかもw」
そう言って笑う君が何故かちょっと羨ましいと言う気持ちと君ばっかりという憎いという汚い感情が浮かんできた。
「君らしいねw」
わたしが片思いしている彼と勉強する事になったので、わたしはドキドキしながら彼に勉強を教えていたら、彼が「お前って好きな人居んの?」と言って来て、思わず「え!?」と言ってしまった。そしたら彼が「その反応は居るな?」と言われ、わたしは「うん…」と言ったら、「だれ?」と言われた。わたしは「教えない!」と、言ったのだが、彼が「教えて!」と言ってわたしはこれ以上彼の怒った顔を見たら死んじゃう…と思って言ってしまった。「君だよ…」彼「…」私「やっぱきもいよね…」すると彼が「俺も。」と言った。私 「💘」そしてなぜか彼がわたしを押し倒して、「そんな可愛い顔して、お仕置きするよ?」私「え…?」彼が服を脱いで全裸になって、わたしはなぜか動けない。彼「この薬で動けないから」そう言って私の服を脱がす。私が全裸になると、彼「まずはこれ」彼はわたしの胸を舐め始めて、彼の大事なところをわたしに突き刺してパンパンする。彼「つ、次はこれ…」わたしに無理矢理すごくセクシーな水着を着せてきた。そしたら彼が「イイね…」彼の大事なところから白くてあつい液体が出ている。私は動けるようになった(効果が切れた)ので逃げたがわたしは逃げ出る途中から記憶が無くなって「あれ…?何してたんだっけ…」私はそれから楽しい毎日を過ごしている。
子どもの頃はとにかく無邪気に笑うことが好きだった。
でもいつの日か人の顔色ばかりを伺うようになって笑えなくなってしまった。
あんなに笑うことが大好きだったのに今はもう笑えなくなった。
いつになったらあの子どもの頃のように何も考えることなく思いっきり笑えるのだろう。