贈り物の中身
「誕生日おめでとう!」
そう言って渡された箱は白く、黒いリボンがよく映えている。両手サイズの箱の中には、可愛らしい手乗りサイズのぬいぐるみのキーホルダーがふわふわの綿の中にいた。
とても可愛らしくて、ぬいぐるみを手に取ると思わず手の上に座らせて目を合わせる。
「かわゆいな。」
じーとぬいぐるみを見つめる姿を見て満足したのか、彼はタバコに火をつけて、だろ?と自慢げに笑う。
どこに置こうかな?なんて、私は考えながら頭を撫でた。
「おめでと。」
彼はタバコの煙を吐きながら私にそう言った。
ぬいぐるみの彼とは違う彼。
「準備してるから、もうちょい待ってな。」
彼のその言葉に、私はこくんと頷く。
そうして、私は待った。翌日も、翌週も待った。彼が何を用意してるのかはわからない。忘れたのかもしれない。
でも私は、物は何も要らなかった。
ただ、彼と2人きりでいる時間が欲しかった。
どこかに、2人きりで出かけてみたかった。
今にして思えばわがままだったのだろう。きっとそのバチが当たったんだ。
何ヶ月も前から考えて、買った彼への誕生日プレゼントは渡せないまま関係が終わってしまった。
私の部屋の窓辺に、紙袋が置いてある。
いつまで経っても、渡せないままに、季節が変わっていく。
失われた響き
「おはようございます、朝のニュースをお伝えします。
昨日可決された新法は、来月より施行されます。」
朝支度をしていると、何気なく流していたテレビのニュースキャスターの言葉に動きが止まってしまった。
「今回の新法、通称、音楽規制法は、アメリカ、ワシントン大学の研究結果に基づき制定されました。
研究結果では、音楽が人の感情を大きく左右させる事が判明し、犯罪を犯す原因にも繋がる事が明らかとなりました。」
音楽が規制される。
その言葉に脳が追いつかないままニュースキャスターは説明を続ける。
「音楽規制法により、今後歌唱、器楽等ジャンルを問わず利用できるものが規制されます。具体的には、国が認めたもの以外視聴できません。また、新たに作成された音楽は国に認められなければ公表することは禁じられます。
店舗内のBGM等にも適応される音楽規制法は、店舗経営者らにも影響を与えます。それでは実際のインタビューです。」
音楽が規制される。
その輪郭がやっと掴めてきた。
信じられない私は、朝の支度をそっちのけに、スマホを手に取る。
立ち上げた音楽アプリは告知の表示があり、音楽の再生は出来なくなっていた。YouTubeMusicも同じく使えない。
Googleで音楽規制法と入力すると、AIがまとめた内容が表示される。
『音楽規制法は、視聴、制作、公表、演奏、歌唱の禁止、または規制する法律です。』
頭が痛くなってくる。趣味イコール音楽な私からすれば、夢であって欲しいと願いたい。
「....また、楽器を所持することも法律違反となります。お手元に楽器がある方は、各市区町村の回収に従ってください。」
再び聞こえたニュースキャスターの言葉に、目眩がする。
壁際に置かれた楽器ケースと目が合う。必死に貯金して、やっと手に入れた楽器を、手放さなければならない。そんな現実が目の前に叩きつけられる。
心の深呼吸
息が吸えない。
そう感じたのは、いつからだっただろう。
酸素が足りず、頭の回転も悪くなったように思える。出来ることが出来ないことになり、その数が増えるにつれて、余裕を失った。必死に、必死にもがいて取り戻そうとした。でも、取り戻すどころか手からこぼれ落ちる。
気付けば、私の手には何も無かった。
何も持たない手では、何も感じない。
喜び。悲しみ。憂い。怒り。切なさ。楽しみ。憤り。
何も感じない。
全てを失った私は、海の上の崖へやってきた。
冷たく鋭い風が頬を刺す。
勢いのある風は身体にめぐり、気持ちいと思った。
もっと空気を。
そう求めて身を乗り出すと手が滑り、崖の下へ落下した。
重力に導かれるままに落下した私の肺には、入り切らないほどの空気が入ってきた。
大きく吸い、大きく吐く。
私はやっと息をできた。
落ち葉の道
風が吹いて、冷たい風が頬をさする。足元は赤と黄のカラーロード。
後ろからピヨピヨと音を鳴らしながら弟が母と手を繋いで歩いていた。
私は黄色い帽子を被って、青いリュックを背負っていた。
鼻にツーンと匂いを感じた。金木犀だ。
歩行者天国なこの道は、ずっと木々が生きていて、カラーロードが続いていた。
カサッと音がして、帽子を脱ぐと、まだ色づき切れていない葉が乗っていた。ほんのり赤の葉が、黄色い帽子の飾りのようだった。
幼いながらに、このカラーロードを美しいと感じた。
カサカサと音を鳴らしながら、このカラーロードを歩く。
今は紺のリュックを背負っている。
帽子は無くて、制服に身を包む。
今もツーンと鼻に匂いを感じ、金木犀を避けて歩く。それでも白いスニーカーはほんのりと黄色く染まってしまっている。
風が強く吹き、木々が歌い出す。
その歌の中から、笑い声が聞こえた。男の子の集団が、赤や黄の葉を手に騒いでいる。その1人に、私の好きな彼がいる。
彼は私に気づいて、こっちに走って来た。その姿に胸が高鳴るのを感じる。彼は黄の葉を握りしめている。
笑いを隠しきれない様子で彼は私の頭に触れ、離れる。
離れた手には、赤の葉がある。
「何つけてんねん」
彼は左右の赤の葉と黄の葉を見て、ニカッと笑う。じゃあな!と言い残すと、友達の元へ駆けて戻る。
私の顔はきっと、足元に散っている赤の葉と同じ色をしているだろう。
君が隠した鍵
君は、冷たい人だ。
君は、何を考えているのかわからない人だ。
いつも笑っている君の目は、いつも笑っていなかった。誰も、それに気づいてはいない。
柔らかな物腰に、綺麗な言葉。凛とした立ち姿。そんな君に惹かれる男は多かった。
君に近づいて、気づいた。優しい雰囲気に、緊張の糸が張り巡らされていることに。ふとした時、丸い目が冷たく、つり目になることに。その瞳に、光がないことに。
それが、君の素の姿なのだと悟った。でも、君はその姿をこんなにも近づいたのに、隠し続けている。
あんなに大きく優しい母のようだった君は、小さく震える子どものように思えた。
君は、いつも仮面を付けていた。何重にも重なる仮面の下は見えない。そして、心が傷つかないように鍵をかけ、凍らせていた。
それに気づいてからは、君の心を温めようとした。
君の鍵を探した。
君自身もわからなくなった鍵の在処を探し続けている。