【波音に耳を澄ませて】
砂浜に二本立てたサイダーが倒れそうに傾いている
君と僕は波音を聴いている
ずっとずっとそれだけを聴いている
ザブンザーザーザー
ザブンザーザーザー
耳を澄ませてみてよ
本当の気持ち教えてよ
アイツを好きになったの?
止められない気持ちを責めたりしない
泣くなよ
(泣きたいのは…泣きたいのは俺だよ)
いいよ
大丈夫だよ
鞄を持ってサイダーを思いっきり波に向かって投げた
「あー!!チクショーーー!!」
涙が溢れ出てきた
見られたくない、君に涙なんか見せるもんか
そのまま一人家路を歩く
追いかけて来ないんかーい
わかってるけど
今日くらい追いかけてきてよ
【青い風】
「くるくるとリボンを操る君は本物の妖精の様だった
長いリボンを動かして青い風を呼び起こす
青い風の妖精
高く放ったリボンが落ちて来るまでの
見つめる君の目に映る光景は君の一生のどれくらいの時間なんだろう
一緒にリボンを追いかける僕の目にしっかりと君を焼き付けた
それが一瞬でも僕の胸に永遠を残した
僕は君と二人、高校生のままで居たかった
幼馴染みという僕の立ち位置は余りにもあやふやで不安定で
きっときっと高校という枠から出たら
僕を見ている君の目を捕らえられなくなると
分かってて怯えた
自分は未だ大人じゃない
腕力、頭脳、経済力、経験値
全てにおいて敵わない
じゃあ何なら勝てるのだろうと思いを馳せても
何もない、この想いしかない
この想いを持ち続けると神に仏に誓う」
僕はマイクの前に立って緊張していた
「これから読むのは僕が
高校三年の秋に書いた新婦へのラブレターです
夢のような日が僕に訪れたら
あの日から続くこの気持ちを伝えたいと
思っていました」
【遠くへ行きたい】
活力がある時は海外へ
活力が無い時は思い出の中へ幻の人達に会いに行く
【クリスタル】
真夜中のクリスタルは何処に存在しているのかさえわからない
何かに…誰かの手に光を与えて貰わないと光る事が出来ない…否、自ら光ることを拒んでいるのかも知れない、それは自分がそういう性質だから故、暴君でもなく諦めでもなく、ただ自分はそうなのだと自然を受け入れている揺るぎ無い自信だ
光を与えられたら自らの性質を余すところなく思う存分にキラキラと誰に遠慮する事もなく
邪魔としかめっ面をされても臆することなくキラリキラリと輝いて見せる
「この他力本願ヤロウ」と真夜中に呟く真司は
わかっていた、ただの八つ当たり
自分は人として生まれ自ら輝をを放さないと
どんなに光を当てて貰っても、いつかくすんでいくことを知っているから、こんなにしがみつくんダロウ…いつまでも真夜中に住んでいてはいけないと踠くのだろう、人は太陽に照らされて生を感じられるように出来ている性質なのだから…クリスタルの様にただ自分はそういう性質なのだと受け入れて、明日の風に吹かれるしかない…力を抜いてそろそろ寝ないと
太陽が昇ってしまう…いいんだよ、何度目かの太陽で起きられても、心置きなく真夜中にいて
何も持たない自分でも、恥ずかしがる事はない
太陽にアタロウ…それが人だから
【夏の匂い】
中学から制服の変わった高校でも
君と一緒に居る時を思い出すのは
春の日も秋の日も冬の日もあったのに
いつも夏の匂いがした
茹で上がったばかりのトウモロコシの匂い
自宅前で花火した煙の匂い
バイバイのキスの感触
絡めた指の柔らかさをいつまでも触っていたかった
夏休みが始まって彼女から「好きな人が出来たから別れて欲しい」と告げられた雨上がりの夏の匂い
僕との6年間、ティーンエイジャーの季節はいつも君が居て、大切に大切にプリンセスを守る騎士で居るつもりでいたんだ
君を見送る公園でやけに纏わりつく緑の葉の匂い
落ちているセミの亡骸と自分を重ね合わせていた、こんなセンチメンタルな所が
新しい彼氏には無いと、男らしい人だと
僕の胸を君は言葉のナイフでサクッと切り裂いた
夏の終わり、新しい彼女と部屋でキスをしていた、彼女の髪の匂いを思い切り抱きしめていた夜
「アイス買ってきたの…一緒に食べよう」と
いきなりの訪問で
「無理だから今日は帰って」と告げる僕に
「私達の6年間ってその程度の物だったの?
別れて1ヶ月もしないで彼女を作るなんて
ヒドイ…」と言う
「今は新しい彼女が居るから」応えられないと言う僕にアイスの袋を投げつけた
先に去った君の涙の匂い
取り戻せない夏の匂い