鋭い眼差しの奥には、丸い瞳が揺れている。
怖くないよ。目は心の窓、ともいうからね。
【鋭い眼差し】
高く高く遠ざかる風船に、無性に不安になった
【高く高く】
子供のように、もう考える時間も貰えないし、金や惰性の事情を知らせないこともしないし、わからないことが罪のようにはならないし、子供である、というのは、それだけで大切にされていたのだと思う。
大切にされていた。なぜかも分からずに。だからはやく大人になりたいと言っていたのだと思う。
大人になった。慈しまれることはなく使いまわせる数のうちのひとりになった気がする。
しかし大人になったから、私が大切にしたいもののために言葉を選び、好きに歩いて近づくことも、嫌で離れることもできるのだ。
もう大切にしてもらわなくていい。
夢がひとつあった。あの頃の私にとって、素敵な大人と言えるような者になること。
叶っているかはわからない。失敗ばかりで誇れる功績も履歴も特技も思い出もなく、人に囲まれているわけでも、美しくなったわけでもないし、むしろ何かを失い色褪せた心が残っただけのような気もする。
大人になりたいと思ううちはまだ子供であるように、子どもに戻りたいと思っているなら大人になってしまったといえるのかもしれない。
あの子供の頃のように無力なゆえにまだ何の心配も要らない日常は羨ましく感じるときはある。
でも、戻りたいとは思わない。忘れたくないとは思う。あの頃の苦しさ、小さな世界と、大きな大人への目を、忘れずに、あの頃の私のような子供に、わからず屋と失望されない大人になりたい。
私はまだ大人になろうとする子供に過ぎないのかもしれないが、大人だと奢るよりずっといい。
【子供のように】
そろそろ放課後って時間が人生からなくなりそう、鬱だ
【放課後】
なかなか当たらなかった窓際の席についにこれた。
日差しも落ち着いてきたこの頃、窓際の席を堪能するには良いタイミングなんじゃないかとワクワクしていた時期もあったな、と思い出す。
寒い。
日差しも無いし、窓を開けても暑さが落ち着き虫が入ってこないのはいいものの、入ってくる風が思いの外寒い。こんなでもあついあついと、代謝が良いやつもいるし、風があるのにエアコンつけるのもちょっと、ということで、自分の一存で閉める訳にはいかないのだ。集団行動、民主主義の闇だなんて、辛くても合わせなければならなくなったこのポジションになった途端に思う。
強風では無いし、もう風のことはいい。
このカーテンだ。こいつが風で広がり、片手でやんわりと払うだけじゃ、はらえない。生き物のように顔面を撫でつけて視界を邪魔してくる。ここが家なら思い切りぶっ叩いて、縛り上げていた。
別にここでも、さっと結んじゃえばいいじゃん、という話だが、タイミングが掴めない。窓際の席に関しては初心者マークの生徒なので。他の生徒なら、さっと立って授業中でも先生も気にせず、結ぶし、周りの席も何も言わないけど、あ、やってくれた、と一瞬だけ思いおわる。
でもいざ自分がそれをやるとなると、いまいち踏み出せない。このカーテンの暴れよう、被害があるのは自分だけだが、周りも風の具合によってはいつ自分まで巻き込まれるのかと、ちょっと気になっているのはちりちり感じている。いつやんのかな、気になんないの、はやくやってくんないかな、と思われてるかもしれない。
でもこの暴れカーテンをすぐに押さえきれずに、奮闘する無様を、無視されているようで見られていることになったら、とか考えては、もうはやく休み時間こい、それか風なくなれ、とひたすら念じていた。
【カーテン】