『20歳』
「おめでとうございます。今日で二十歳ですね」
そう言いながら市の職員が差し出したのは、分厚い請求書だった。
二十年分の医療費、教育費、食費、光熱水費、住居費、日用品費、被服費、交通費、そして存在維持費。
端数まで細かく刻まれた数字の羅列が、僕の喉を締め上げる。
ふと窓の外を見ると、同じスーツ姿の若者たちが、市役所のロータリーに停められたトラックに次々と詰め込まれるところだった。
支払えない者は、アレに乗ってどこかへと運ばれるのだ。
少子化を極めた我が国は、子育てにかかる費用を全額国費で賄うことにした。国民はそれを喜んで受け入れた。
ただし、それは成人するまでの話。
二十歳になった瞬間に、それは本人負担の負債へと変わる。
さて、と目の前の職員が微笑んだ。
「あなたの返済プランを伺いましょうか」
『三日月』
しんと静まり返った真夜中。
街灯の届かない路地裏を黒猫が歩いていました。
黒猫の目的は、今夜の特別な獲物。
空に浮かぶ、鋭く研がれた爪のような黄金の三日月。
黒猫は古い時計塔の屋根まで一気に駆け上がると、月に向かって前足を伸ばしました。
不思議なことに、彼が空を引っ掻くたびに、夜の帳がわずかに揺らぎます。
シャッシャッ、ゆらゆら。
シャッシャッ、ゆらゆら。
次第に街へと降りてきた夜の帳。
黒猫は三日月の端を器用に咥え、まるで重力から解放されたように、夜空の海へとふわりと浮き上がりました。
そして月を揺りかごにして、都会の喧騒を見下ろしながら静かに目を閉じました。
翌朝、人々は何も気づきませんでした。
けれど、夜になればきっと誰かが不思議に思うでしょう。
なぜ昨日まであんなに尖っていた三日月が、今夜は少しだけ猫の背中のように丸みを帯びているのかと。
『色とりどり』
海に行くのは、夏ばかりではない。
冬の海というと、つい日本海を思い浮かべてしまうけれど、太平洋側の海は意外にも明るいのだ。
コンクリートよりも温かみのある砂浜。
寄せては返す波に乗って流れ着いた漂着物。
夏のギラついた日差しの下では眩しくて直視できないが、冬の弱い陽光に控えめに反射する色とりどりの光がある。
海に漂着するシーグラス。
ガラス瓶や漁に使われる道具などが割れて砕け、波や砂に長年洗われて角が取れ、表面がすりガラス状になったもの。
「人魚の涙」とか「浜辺の宝石」なんて呼ばれたりもする。
青、緑、水色、白、透明、琥珀のような茶色……
これは一体いつ頃の、どこの、誰の、どんな物がこんな風になったのだろうと、見つけるたびに考えてしまう。
『雪』
雪の描写は、儚さや美しさを謳うものが多い気がする。
はらはら、ひらひら。
舞い落ちる、降り積もる。
羽のように、花びらのように。
実際は、重たくて、冷たくて、相手をするのに体力がいるけど、適度に降っている時は確かに美しい。
そう、適度になら。
雪崩、吹雪、ホワイトアウト。
雪は怖くもある。
人は、美しくて怖いものに惹かれるよね。
『冬晴れ』
年末年始の空には独特な雰囲気がある。
晩秋の小春日和のような暖かさはなく、日差しはあるのに風が冷たく頬に当たる。
温もりと冷えを同時に体感する。
これって何かに似ているな。
まるで、そう――露天風呂に浸かっている感じ。
ちょっとのぼせるところも似ている。