【お題:鏡 20240818】
『お前、歳食ったよな』
それは、唐突に掛けられた最愛の人からの最悪な言葉。
出会った頃に比べれば、当然私も歳をとります。
だって人間だもの、エルフや吸血鬼じゃない、普通の人間の女ですから。
これでも色々と努力はしているし、友達には若いねって言われるけれど?
『俺さぁ、オバさんって無理なんだわ』
半分ニヤけた顔でそんな事を言っているけど、私がオバさんなら、貴方もオジさんよね?
だって私達、同い年じゃない。
出会いは二十歳の時、友達の紹介で知り合った。
あの頃私は大学生で、貴方はバイトをしながら役者を目指してた。
時間もお金もあまりなくて、デートと言えば家で映画を観るとか、近所の大きな公園で一日中話をしたりしてどこかに旅行に行くとかそんなのなかったけど、二人の距離は近かった。
私の就職を期に同棲して、少しだけ生活に余裕が出来たけど、やっぱり旅行とかはできなくて、それでも毎日が楽しかった。
ただ、多分きっとその頃から少しずつ、歯車がズレ始めたんだと思う。
私はもっとお給料が良い会社に務めるために、勉強して資格を取って転職した。
少し忙しくはなったけれど、貰えるお給料は倍近くまで増えた。
そしたら、貴方はいつの間にか働くのを辞めていた。
役者の仕事に専念したいから、確かそんな事を言ってたような気がする。
増えたお給料はほとんど貴方に渡す感じになっちゃったけど、それでも構わないと思ってた。
それで貴方が追いかける夢に近づく事が出来るのならば、と。
でもきっと、これがダメだった。
私は更に頑張って、キャリアアップし給料も増えたけど、貴方は何も変わらない⋯⋯ううん、寧ろ昔ほどの情熱が無くなって、役者の夢も何処かに置いてきているみたいだった。
『と、言うわけで、お前もういいや。光莉(きらり)が俺の新しい女。若くて綺麗だろ?』
そりゃそうよね、二十歳の子と私とは一回りも違うもの。
もちろん貴方とも十二歳離れているけど。
まぁ、その瞬間目が覚めた、というか、愛が冷めたというか。
「はぁ、馬鹿らしい」
どうしてあんな男が好きだったのか、過去の、いえ五分前の自分に聞きたい。
愛情なんてゼロどころかマイナスを更新中、留まるところを知らない。
『お前、部屋出ていけよ』
ポカーンですよ、ええ、開いた口が塞がらないとはこの事。
出ていくのはあんただろうが!
あの部屋の契約者は私で、あんたじゃない。
因みに、家賃も水道光熱費も食費もスマホ代もあんたのお小遣いも私が稼いだお金だから。
もっと言えば、家の家具も家電もぜーんぶ私が買ったものですから!
そのままだと、罵声を浴びせるところだったから化粧室に来たけれど、さてどうしてくれよう。
「⋯⋯そうね、気にする必要はなくなったんだし、いいわよね」
鏡の中の自分に言って、早速一本電話を入れる。
相手は以前から声を掛けていただいていた、とある人。
明日話す約束をして、電話を切った。
こうなるとやらなければならない事が山積みで、一分一秒でも時間を無駄には出来ない。
「遅かったな。それでいつ出ていくんだ?」
「⋯⋯すぐには無理だわ。2週間くらい時間が欲しいんだけど」
「チッ、仕方ねぇな。早くしろよ」
「⋯⋯えぇ」
「俺は暫く光莉の所にいるからな。あと、今月分、俺の口座に振り込んどけよ」
「⋯⋯わかったわ」
言いたい事を言うだけ言って、二人は腕を組みながら店を出て行った。
勿論、支払いは私が行う。
何で別れた彼女からお小遣いが貰えると思ってるのかしら?
まぁ、馬鹿の考えることは分からないわ。
とりあえず、不動産屋に連絡をして、引越しの準備もしないと。
暫くはウィークリーマンションでいいから、その辺は今日中に決めちゃおう。
後は、レンタル倉庫も借りて⋯⋯、うん、やっぱり忙しくなるな。
あの日から今日でちょうど二週間、こんなに早くことが進むとは思わなかった。
「⋯⋯しつこいなぁ」
スマホの画面には元彼の名前が表示されていて、今朝から既に百件近い着信が入ってる。
LINEのメッセージの数も半端じゃない。
『鍵が開かない!どうなってるんだ!』
『光莉の荷物が入れられない』
『返事をしろ!』
『賠償を請求する』
『ふざけるな』
『無視するな』
大体がこんな感じ。
まぁ、そろそろ教えてあげてもいいか、暫くは⋯⋯下手すれば一生会うことも無いだろうし。
『部屋は解約したので入れません』
『貴方の荷物は九州のご実家へ着払いで送りました。今日辺り届くと思います。ダンボールで30箱くらいです』
『私は今から日本を離れます。では、光莉さんとお幸せに』
『あぁそうそう、光莉さんに伝言です。畠中裕二さんの奥様と名乗る方が「慰謝料はきっちりいただきますから。逃げられると思わないで下さい」と仰っていました。あと、同じ内容の事を佐倉修造さん、細田嘉人さんの奥様も仰っていました。確かにお伝えしましたので。それでは、お元気で』
「着信は拒否にして、LINEはブロックっと。うん、これでお終い」
空港の化粧室の鏡に映った自分を見つめる。
2週間前とは随分と違う、晴れ晴れした顔の女が一人、この先の生活に夢と希望を抱いて笑っている。
二年前から話のあった海外勤務。
何度か出張という形で行ってはいたけれど、元彼の事があって、断っていた。
が、あの日の前日、また海外勤務の話をされた。
向こうでそれなりのポジションが約束されている話で、今までとは待遇が全然違う。
キャリアアップにも繋がるし、勿論自分の力を試すのにも最高の環境が用意されていて、どうしようか悩んでいた。
そこにあれだ、断るはずがない。
OKの返事をしたところ、あれよあれよという間に話は進んで、今日、フライトというスケジュール。
まぁ、ひと月後に一度戻っては来るのだけれど、その時もこんな笑顔で居られるよう、私は私にために頑張ります!
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(´-ι_-`) 鏡を見て、マイナスの面ではなくプラスの面を探すようにしてます。
【お題:いつまでも捨てられないもの 20240817】
八歳の誕生日の少し前、家族で出掛けた先で見つけた綺麗な石。
紫色で、その石だけは全体が凄く輝いて見えた。
理由はわからないけど凄く欲しくて堪らなくて、両親にお願いして、誕生日プレゼントとして買ってもらった。
その石はアメシストの『水入り』と呼ばれる物で少々値が張ったらしいが、俺は只々嬉しくて、ずっとお守り代わりに、母さんが作ってくれた小さな巾着袋に入れて首から下げていた。
暇があれば、袋から取り出して石を眺める、ちょっとおかしな奴だったかも知れない。
でも、3cmにも満たない大きさの石だったけれど、俺にとっては大事な大事な宝物だった。
そう、過去形なのだ。
その石とは、半年程でサヨナラとなったから。
じいちゃん家、つまり母親の実家のある地域で行われた秋祭りで出会った女の子に、御守りとして渡してしまったんだ。
もちろん、後悔はしていない。
俺と同じで、地元の子ではなかったその女の子は、両親とはぐれて一人神社の裏で泣いていた。
俺はと言うと、屋台を見ているうちにいつの間にか皆とはぐれてしまった。
まぁ、はぐれたら神社の社務所の傍にある大きな楠の下に居ること、って約束だったんだけど、そこは元気な男の子なもので、ちょっとばかり探検がしたくなった。
で、大人の目を盗んで、色々と普段は入れない場所に入ってみたりしていたわけだけど、そんな中で誰かの声が微かに聞こえ、辿ってみるとそこに女の子が居た、という訳だ。
初めは幽霊じゃないかと、ドキドキしていたんだけど、普通に女の子だった。
んで、どうにか泣き止ませようとして、いつも持ち歩いてる石を見せた。
女の子は予想以上に石に興味を持ってくれて、涙もすぐに止まった。
後は、親を探すだけだけど、また泣かれるのも嫌だなと思って、それになんだかそうするのが一番良い気がして石を女の子にあげた、巾着ごと。
その後、女の子の両親はすぐに見つかって、お別れをして、俺は約束の楠の下へ。
母さんに怒られはしたけれど、まぁ、楽しいお祭りだった。
その年以降も、何度か秋祭りには行ったけれど、結局あの女の子には一度も会えなかった。
そして今、あの時の石が目の前にある。
わかるだろうか、あるはずがない物が目の前にある驚きを。
前日にしこたま酒を飲んで起きた朝、水を飲もうと開けた冷蔵庫に、何故か冷え冷えのテレビのリモコンがあった、そんな驚きだ。
まぁ、わからないか⋯⋯。
似た石じゃないか、そう思うだろう?俺だって初めはそう思ったさ。
でも母さんが縫ってくれた巾着袋まで、結構ボロボロになっているけど丁寧に並べられているとなったら疑う余地は無いだろう。
「お待たせ、コーヒー淹れたよ?」
「あ、あぁ、ありがと」
昨日からバタバタと、部屋の掃除に荷物の整理と忙しくしていたから気が付かなかった。
飾り棚の一角に丁寧に並べられた、所謂、鉱石と呼ばれる石たち。
水晶を初め色々な石がある中、俺の目に止まったのは、そう、かつて御守りにしていた水入りアメシストのポイント。
「これ」
「うん?あぁ、それね。凄いボロボロになっちゃったんだけど、『いつまでも捨てられないもの』ってやつで」
「こんなにボロボロなのに?」
多分、石のせいで擦れて穴が空いたんだろうな、あて布をして縫われたり、刺繍で穴を塞いだりしていたようだ。
それも一回や二回どころの話じゃない、まぁ、紐は替えられてるけど。
「貰ったものだったし、その子もすごく大事にしていたみたいだから、捨てられなくて」
「⋯⋯誰に貰ったの?」
「うん?⋯⋯名前知らなくて。六歳の時だったかな、母方の祖母の家に行った時に近所でお祭りがあって、私迷子になっちゃったんだよね。で、暗いし周りは知らない人ばっかりだしで泣いてたら、男の子が声を掛けてきてくれて、自分の宝物見せてやるって、見せてくれたのがこのアメシスト。夜で暗かったんだけど、屋台や提灯の光とか篝火とか、そういうものを全部キラキラ跳ね返していて、すごく綺麗だったんだ。そしたらその子、くれたの。石と巾着を。御守りだから持ってるといいって。『きっと君を幸せにしてくれるよ』って言って」
えっ、待って、それは記憶にないぞ、俺。
「またお祭りで会おうねって約束したんだけど、そのあと私父の仕事の関係でオーストラリア、アメリカ、イギリスと海外回っていて、日本に戻ったのは六年前で、今会ってもお互い分からないと思うな」
あ、そりゃ会えるはずも無いよね、日本に居なかったなら。
でも、祭りじゃないけど、こうして再会して夫婦になれた。
これは、運命ってやつだ。
「これさ、水が入ってるの、知ってる?」
「えっ?」
「ほら、ここ。気泡が動くんだけど、これが水が入っている証拠ね。光に当てて、この気泡が動くのを見るのが好きでさ、暇があればずーっと見てて、よく母さんに怒られたよ」
「えぇ?」
「捨てられてなくて良かった。大事にしてくれてありがとう」
「ふぇ?」
「え、ちょっと待って、何で泣いてるの?」
「だ、だってぇ、うぅ」
泣きやんだ君が、初恋だったと教えてくれた時は、すごく嬉しかった。
だから俺も、と思ったけれど、やっぱり恥ずかしいから教えない。
あの後、君の来ないお祭りでいつも一人あの場所で、君を思いながら待っていた事は。
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(´-ι_-`) 水入りはロマンです。
【お題:誇らしさ 20240816】
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(´-ι_-`)
難しい( ˘•ω•˘ )
誇らしげなら何とかなるか…?
取り敢えず、書けたらup
【お題:夜の海 20240815】
「つちのうち?」
「ううん、つ、き、の、み、ち」
「つきのみち?」
「そう、月の道」
これを私に教えてくれたのは母方の祖父だ。
海軍兵として軍艦に乗っていた祖父が、戦時中の事で唯一話してくれたのが、この『月の道』だった。
普段は無口で、子や孫たちが集まる場でも滅多に笑うことは無かった人。
ただ一度だけ、昼寝をし過ぎて、お祭りに置いていかれた私が泣きじゃくってどうしようも無かった時に、家の縁側で二人並んで座って、祖父が隠し持っていたチョコレートをこっそり食べながら聞いたのだ。
太平洋の真ん中に、ぽつんと浮いている船。
聞こえるのは船体を叩く波の音くらいのもので、下手すればこの世界に自分一人なのではないかと錯覚する程の静けさ。
艦には200を超える人間がいるはずなのに、その息遣いひとつすら感じられない。
夜の海は恐ろしいほどに静謐で、そして美しい。
日が沈み、空に地上で見るのとは桁違いの星が瞬き、夜番を除いた者たちが寝静まった頃、それは静かに顔を出した。
太陽ではない、けれど夜の海の上では眩しいほどの輝きを放ちながら、水平線の向こうから昇ってくる満ちた月。
その光は海面を照らし、真っ直ぐに音もなく月の道を築く。
あの道を辿れば月へ行けるのだろうか。
日々、死と隣り合わせの戦場、とはいえ、毎日敵兵とドンパチしている訳では無い。
ただ、明日も生きている保証はどこにもない。
『無事、彼女の元へ帰るぞ』
親の決めた相手、燃えるような恋も情熱もなく夫婦となった。
それでも互いを尊重し、支え合って生きていくと誓った。
だから、こんな所では死ねない。
必ず、生きて帰る、そう、誓った。
「おばあちゃん?」
「ゴメンゴメン。あぁ、ほら、もう少しで見えてくるよ」
波の静かな晴れた夜。
水平線の向こうから、太陽とは違う光が昇ってくる。
少しずつ少しずつ、その姿を現しながら己に続く道を延ばしながらゆっくりと、ゆっくりと。
「わぁ、凄い。本当に道ができてる」
「そうだね、綺麗だね」
「うん、凄い綺麗」
あの時とは違って、今はチョコミントのアイスを頬張りつつ、あの時の私よりもお姉さんな孫娘と一緒に見る月の道。
「元気に生まれるといいな、赤ちゃん」
「そうだね、元気で生まれてくるといいね」
あの戦争で、大怪我をしたにも関わらず祖父は祖母の元へと帰ってきた。
戦後の混乱した世の中で、田舎に戻りこの場所に家を建てた。
太平洋を望む丘の上、街外れで若干不便な場所だけれど、この景色が見られる、ただそれだけで十分な価値がある。
祖父母亡き後、この家と土地をどうするか親族で話し合った際、私が譲り受けることにした。
お腹にいた、この子の父親と共に。
家の大部分はリフォームによって以前の面影はほとんど見られないけれど、この縁側だけは残した。
いつか、ここから月の道を誰かが見ることはなくなるのかもしれない。
それでも、私が生きているうちはこの縁側は残しておこうと思っている。
「あ、パパからだ!」
素早くスマホを操作して、キラキラと目を輝かせて電話に出る孫娘を見る。
飛んで跳ねて喜んでいるところを見ると、無事生まれたのだろう。
孫が差し出したスマホを受け取り、相手の声を聞く。
「生まれたよ、男の子。凄く元気だ」
「そう、良かった。暫くはそっちにいるの?」
「あぁ、でも今週末には一度そっちに行くから」
「わかったわ、気をつけてね。それから、香織さんに伝えてちょうだい、『お疲れ様』って」
「うん、じゃぁね、母さん」
祖父が懸命に繋げた命のリレー。
祖父から母へ、母から私に、私から息子に、そして息子から孫娘と孫息子に。
いつまで続くかは分からない。
けれど、繋いでいくことが祖父や祖母、それ以前の『御先祖』と呼ばれる方々への恩返し。
「おばあちゃんは、何がいいと思う?」
「うん?」
「赤ちゃんの名前だよ。良いのがあったら教えてってパパが言ってたの」
「あら、そうなのね。そうねぇ、何が良いかなぁ」
「あのね、今日は海とお月様が綺麗だったから、海、月って書いて、みつきくん。可愛いでしょう?」
「あ、え、うん、そうね、可愛いね」
「うん、海月くんに決めた!パパに送ろうっと!」
スマホを操作し始めた孫娘に目を細めながら、短くなった月の道を見る。
明日は雨だと言うから、また暫く月の道は見られなくなる。
「流石に気付くわよね、あの子⋯⋯」
後日、『弥月(みつき)』と名付けられた孫息子に、ほっとした私とは反対に孫娘は不満そうだったけれど、これもまたいつか良い思い出になるのだろう。
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(´-ι_-`) 月の道、見てみたいなぁ
【お題:自転車に乗って 20240814】
頬を撫ぜる風が気持ちいい。
カラリと晴れあがった空は、夏の茹だる様な暑さも、じめっとしたまとわりつく様な空気もどこかへ押しやって、半袖で居るのが心地よい、そんな季節を連れてきた。
天辺を幾分か過ぎた太陽が、静かに上下する海面に乱反射する。
キラキラとした光が、顳かみから流れる汗に反射し一瞬、時間が止まったように感じた。
「ねぇ、普通、逆、じゃない?」
「ん〜?」
「私が後ろ、あんたが、前で、自転車、漕ぐのが、普通、じゃない、のっ!」
立ち漕ぎで、一回一回体重を乗せながら漕いでいる少女の後ろで、少年は雑誌を広げて読んでいる。
道は緩い上り坂、右手にどこまでも続く青い海、左手に各々こだわって建てられた家々と、それを取り囲む石垣が並ぶ。
行き先は小高い岬を回った先にあるオシャレなカフェ、来た道の先には二人が通う高校がある。
自転車で10分程の距離、坂道なので若干時間はかかるけれど信号も車通りも少なく、快適な道。
「公平にジャンケンで決めたろ」
「公平、って、コレ、あん、たの、自転車、じゃ、ない」
「だから、お前が自転車で行きたいって言うから、ジャンケンにしたんだし」
「そう、じゃ、なく、て⋯⋯、もう、いいっ」
少女はチョット憧れていた。
好きな人が漕ぐ自転車に乗って、二人で海岸線をデートするのを。
何故なら少し年の離れた姉が、今は旦那さんとなった人と時折そんなデートをしているのを見ていたから。
子供ながらに二人とも楽しそうに、幸せそうに笑っていたから、羨ましくて。
姉とは違い、男勝りな自分が少女漫画や映画やドラマのようなシチュエーションのデートなど土台無理な話なのだ。
今だって、こいつと付き合っているのは夢じゃないかと思ってる程だ。
姉の旦那さんの母親違いの弟で、高校でも、上級生、同級生、下級生と全方位からモテている男。
高校入学当初から、数え切れないほどの告白をされている男。
見た目だけではなく、性格も頭も良く、非の打ち所がない、と言うのが周りの評価だけど、少女は性格は微妙なところだと思っている。
現に今、それを実感しているところだ。
「アトチョットダ、ガンバレー」
「ちょっ、棒、読み!」
姉に旦那さんの家族を紹介された時が初対面で、あの時はお互い13歳。
同い年なんだから、という、訳の分からない理由で一緒に行動させられ、気がつけば少女の部屋で寛ぐ姿が普通になった。
いつも漫画ばかり読んでいるのに成績は良いらしく、受験の時などは家庭教師のような事もしてもらった。
もっと良い高校にも通えたのに、少女と同じ高校にしたのは、海が近いからという本当かどうか分からない理由。
今は義兄と姉が営むカフェで少年は暮らしている。
両親の元で暮らさないのは、あちらに小さな兄弟がいるから、とか何とか。
高校に入って、少年が告白ラッシュに疲れていた頃、少女は冗談で言ってみた。
『私と付き合ってる事にしたら?』
彼女がいると分かれば、少しは告白する人も減るのでは、という考えから発した言葉。
ほんのちょっとだけ、自分の本当の気持ちも混ぜていたけれど。
少年は暫し考え込んで、首を振った。
ツキリと痛んだ胸に手を当てて、悟られないように笑おうとした瞬間、少年は言った。
『それなら 本気で付き合う方がいい、嘘はいずれバレるから』
その言葉にキョトンとしていると、返事を促された。
『よろしく、お願いします?』
『こちらこそ』
つまりは、普通に付き合うという事で、恋人同士になったという事で。
でもあれから一年、進展はなし。
いつも通り、少年は少女の部屋でマンガを読むかゲームをするかで、いい時間になれば家に帰る。
時折、勉強を教えて貰ったり、家の夕食を食べて行ったりもするけれど、ソレだけ。
あぁ、告白する人は若干減ったらしいけど。
一度、意味がなかったかと少女が聞いたら、彼女がいるから、の一言で断れるから意味はある、とか言っていた。
「つ、着いたぁ」
「お疲れ」
頭をぽんぽんと叩かれ、自転車のハンドルを引き取られる。
そのまま店の裏手に回るのかと、後ろ姿を見送っていたら、少年がいきなり振り返った。
「⋯⋯何?忘れ物?」
「お前⋯⋯、後ろに乗りたいならシャツか何か腰に巻け」
「えっ?何で?」
「⋯⋯⋯⋯見えるから」
「見える?何が?」
「⋯⋯くま」
「⋯⋯⋯⋯!!!」
バッとスカートの後ろを隠す。
今更、遅すぎではあるが。
そう言えば、記憶の中の姉も腰にカーディガンを巻いていた気がする。
ん?でも。
「ちょっと待って、ジャンケンは?」
ジャンケンで少女が勝っていれば、後ろに乗れていたはずだが。
「内緒」
手をヒラヒラと振って少年は店の裏側に回っていく。
少女は自分の右手を見て、グーパー、グーパーを繰り返している。
そんな少女は気付いていない。
ジャンケンの時いつも一番初めにチョキを出す癖があることを。
━━━━━━━━━
(´-ι_-`) 二人乗りは違反デス。