時を結ぶリボン
母は忙しい人だった。
私が物心着く頃には父が亡くなっていたので、女手ひとつで育てなければという責任を、一身に背負っている人だった。
当時は女性ができる仕事、また子育てをしながらできる仕事は限られており、母は自宅で文字起こしの仕事をしていた。
私の記憶にある母はいつも、簡易なデスクに向かいラジカセにイヤホンを挿して、ワープロと格闘する姿だった。
私は、諦観と他人の家を羨む感情と共に育った記憶がある。
35年の時を経て、母は病に臥せており、長期入院をしていた。
私は仕方なく、実家の片付けをしに帰ってきた。
なぜかこの世代の人は、新聞紙や広告を捨てられず溜めており、私は絶望の山を眺めてため息を吐いた。
母は几帳面に、一定の束にしてまとめて置いていた。
その中には、自身がワープロで打ち込んだ多量の黄ばんだA4用紙も混ざっていた。
"⚪︎月⚪︎日 雨 娘が傘を持ってきてくれなかったと不貞腐れていた…"
私は、どきっとしてA4用紙の山を掘り起こす。
母の日記だった。内容は全て私のこと。
その場で1時間以上も読みふけった。
ふと我にかえり、押し入れの奥に大切にしまわれている古びたワープロを見つけた。そして、その横には綺麗な化粧箱の中に大切に詰められた幾つかのカセットリボンがあった。
今となっては、私も二人の子どもの母親である。
私は、カセットリボンをなぞり、当時の母と邂逅していた。
雪の静寂
突然の既読スルー。
大人ぶった私は、君のそんな対応にも動じる様子を見せず、2週間後にまた連絡してみた。
仕事終わりに確認する。既読にはなっていた。
既読。
たった二つのこの二文字の裏側の感情など、理解できるはずも無いのに、何度もながめた。
その後、二度言葉を送ったが反応は同じ。
季節は年の瀬。冷たく暗い冬が深まっていた。
何も言われない。静寂の別れ。
仕事帰りに駅から出ると、しんしんと降り落ちる雪がネオンで光っていた。
なぜ?という感情はぐるぐる回っていたけど、恨みなど全くなかった。でも、子どもっぽいかもしれないけど、最後に本心でぶつかりたかった。
「何も言わないなんてずるいね。さようなら」
スマホを持つ手に雪が降り落ちる中。
いつまでも。既読にはならなかった。
君と紡ぐ物語
君は昔から自分に自信がなくて、毎朝学校へ行く前に、私に愚痴をよくこぼしてたね。
何度も春を迎えて、季節が通り過ぎていく。
君の姿も、学生服からスーツへと変わった。
君が初めて、唇にリップを乗せた日のことをよく覚えている。
私の前でくるくると回り、全身を何度もチェックする君を愛らしいと思った。
泣いて帰ってきたこともあったね。
その時はそっと私をベッドに入れて、抱きしめて泣いた。
更に、冬が何度も通り過ぎて、君はパートナーを連れてきた。
君は、私の前で笑顔が溢れている。
君が出て行った後も、私はきっとこの部屋に居続けるのだろう。
喋ることも、動くことも出来ないけれど、小さなクマの姿で綴った君との思い出は忘れないよ。
夢の断片
『あなたはとても誠実で、素直に対応でき、実直な人です。あなたは間違っていません』
…それならよかった。ありがとう。
『こちらこそ相談してくれてありがとう』
…それと、もうひとつ質問…
『…今日の利用回数の上限に達しました。このモデルのでのご利用は、現在の利用制限に達しました。しばらくしてから、もう一度お試しください。より多くのメッセージを利用するには、アップグレードしてください』
暗闇の中、そっとスマホを置いた
ささやかな約束
守れない約束なんてしないでよ
離さないって言ったじゃない
そばにいるって言ったのに
"こうしてずっと一緒に他愛もない会話をして過ごそう"
約束は
月の無いしんしんと冷える12月の夜とともに消えた