『どこへ行こう』
上も下も、右も左も分からない真っ白な世界で、私はただただ立ちすくんだ。
そこには何も無くて、色も、形も、存在も、何も無くてただ、私だけがいた。
無音の世界に恐怖し、掴めもない実態をすくい上げ私は止まらない涙に苛立ちさえも感じていた。
この世界は私が思っている以上に広くて、狭い。
この世界は私が感じている以上に面白くて、つまらない。
そして、私が居なくても世界は明日を迎える。
時間は無慈悲にも、誰にでも均等に与えられ、そして、奪われていく。
どこへ行こう。
いや、どこにも行きたくない。
私はただ、もう、何もしたくない。
息をするのも億劫だ。
孤独を謳歌し、人に知られず、死んでいく。
あぁなんて素晴らしいことだろう。
この真っ黒な胸騒ぎが私を孤独にする。
どこへ行こうにも、私は独りだ。
それがいい、それがいいんだ。
どこへ行っても嘲笑われ、踏まれて、蹴られて、私の精神はとっくに崩壊していて、私の隣は奪われ、消され、私を独りにする。
こんな世界なら、私は生きたくない。
この世界に、私が生きる意味はない。
でも、そんなこと言ったら、あの子は悲しむかな。
本物の天使かのようなあの子は、私が居なくなったら、私もそっちに行ったら、悲しむかな。
私は……私が1番行きたい場所は、あなたの横なのです。
あなたのまるで太陽のように温かい香りに、私の冷たくなった手を温めてくれる、あなたの隣に行きたい。
そして、あなたを優しく抱きしめたい。
あなたの隣に座るだけで、世界の輪郭は優しいものになる。
無音だった世界に、あなたの声が木霊する。
『どこへ行こうか』
可笑しそうに笑いながら、その子がそっと、私の頬に触れた気がした。
頬にふれたぬくもりが、温かく彩られた。
『未知の交差点』
嘘つきな五月雨を追いかけ、傘もささずにただひたすらに彼の影を探していた。
雨が頬を打ち付け、優しく微笑むあなたは見知らぬ人に傘を差し、私の涙は拭わずただ素通りするだけだ。
未知に隠れた言葉遊びをするだけで彼は私の本心を読み解こうともせず、朗読するかのように私を見つめる。
そんなあなたが嫌いで、あなたの元を離れようとするとあなたは私の腕を掴む。
その目はまるで嘘など知らないかのようにただ純粋で、雨に打たれた小さな子どもみたいで、私はあなたを抱きしめる。
赤と黄の点滅信号を繰り返すこの交差点に終着点はあるのでしょうか。
もし、誰かが背中を押してくれれば、そこが終着点になるのでしょう。
『秋恋』
ただ寒いだけで心にぽっかりと穴が空く。
「急に寒くなったね」
「ね。寒いだけでなんだか寂しいよ〜」
「なら、これで寂しくない」
その子の手は冷たかったけど、温かかった。
「静寂の中心で」
隣の席の子は無表情だ。
呼び出されても、誰かに声をかけられても、冷たい眼差しで彼らのことを見る。
別に、仲良くなりたいわけじゃない。
でも、何となく、私と似ているような気がした。
そして彼女は、学校へ来なくなった。
「長谷川さ〜ん
今日一緒に帰らない?」
「うん、帰ろ〜」
あの子は、本当に1人だったのだろうか。
今思えば、1人ではなかっただろう。だが、独りであった。
彼女はいつも寂しそうに本を読んでいた。本を見つめる瞳はどこまでも優しかった。
彼女はどこか人を寄せ付けなかった。“あなた達と関わりたくない”そんなふうに言っているような気がした。
かという私も、“ともだち”と、名ばかりだけの関係を周りと築き、私は、自身と向き合えていない。誰とも向き合えていない。
彼らのことを信じる、それは私にとっては心臓を彼らに預けるのと同義であった。
私は、誰かに握られる、誰かのものになる、そういうのが嫌だった。
「ねえねえ、昨日のテレビみた?」
「見てない〜」
「ひどーい!昨日は私の推しが出るから見てって言ったじゃん!」
彼女はかわいい。
素直に自分を表現している。
それをよく思わない人もいるが、私はそんな彼女が好きだ。
「ごめんね、でも録画してあるから今日みるね。」
「……うん。
……ねぇ、長谷川さん、私の事嫌い?」
「私が誰かを嫌うなんて、そんなことは今後ないよ。」
これは本当だ。
誰かを嫌いだと思える瞬間があるなら、私はその間に誰かのことを好きだと思いたい。
「なら、好き?」
「うん、好きだよ
昨日は課題が終わらなくて……そういえば、やった?」
「……!!忘れてた、教えて欲しい……!」
「うん。いいよ。」
素直で、真面目で、そして少しだけ自己中心的。
振り回されることが多く、彼女はよく突っ走るが、気づいたら私の横にいる。
そして、彼女が私のことを好きなのは目に見えてわかる。
真っ直ぐに愛を表現してくれるこの子は、私にとってかけがえのない存在だ。
「そういえば、隣の……えっと……糸川さん?学校来ないね。風邪が長引いてるのかな。」
……まさか、本当に風邪だと思ってるのかな。
まぁいいや。
「うん。そうだね。
……そんなに気になるならお見舞いに行く?」
「行く……!!って思ったけど、家の場所わかんない……」
「ふふ、先生に言ってプリント届けに行こうか。」
「うん!
早く治るといいな〜」
この子が笑ってくれるなら、私はなんだってする。
誰もいなかったこの静寂な世界で
彼女は私に音を授けてくれた。
色を付けてくれた。
人は、これを“感情”と呼ぶ。
「燃える葉」
9月終わりの放課後
どことなく浮ついた教室の雰囲気に、なんとなく取り残された気がする、ひとつだけの影。
私は誰の目も合わせずに帰路に着いた。
少し前に、近所のおばさんに、「この前の英語のテストよかったんだってねぇ、うちの息子も見習って欲しいわ」と、言われた。
母親はあまり近所の人と交流はしないので、どこかで私の情報が漏れてるのだろう。
私のことなのに、私がいない世界で勝手に自分のことが広まっている、知られている。
そこに、私はおらず、輪郭だけが不透明に描かれている。
気持ち悪くて、吐き気がして、家へ帰って私はトイレに駆け込んだ。
涙が止まらず、嗚咽を漏らし続けた。
いつ、誰が私を見ているかも分からない。
もしかしたら、今この瞬間も誰かがみているかもしれない。
恐くて、恐くて、布団にくるまり、自身を抱きしめ、その日の晩はずっと震えていた。
私は次第に学校へ行かなくなった。
外へ出るのが怖くなった。
太陽にさえも笑われているような気がして、足が震えた。
この世界で誰1人私の味方はいない、そう感じた。
でも、それでも、この移り変わる景色は美しかった。
まるで、一つ一つ手編みされた絨毯のようで、紅、黄、茶、と、彩られ、夏の暑さを包み込む優しい風のように、私を包み込んだ。
ふと目に入ったもみじの栞。
小さい頃に拾った大きなもみじ
それを本の栞にしてもらい、私はその栞を使うために本を読んでいた。
本は好きだ。
本は、私に静かに語りかけてくれる。
本は私を受け入れてくれる。
言の葉は、私と本を、紡いでくれる。
私は布団からそっと顔を出し、紅葉に染る木々をそっと眺めた。
ふと見た、山々の葉は燃えるように叫んでいた。