おへやぐらし

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8/24/2025, 8:45:34 PM

ポン太は気がつくと、
見知らぬ街の路地に立っていた。ついさっきまで
馴染んだ街を歩いていたはずなのに、
今目の前に広がるのは、まるで別世界のような光景。

狭い路地を挟んで、古びた建物が何層にも重なり合うように立ち並ぶ。看板やネオンサインが無秩序に
突き出し、文字が光で明滅している。

建物と建物の間には錆びた階段が張り巡らされ、
複雑な構造を作り上げていた。

「どこここ……」

どこからか聞こえてくる
調理の音、話し声、機械の唸り声。
生活音や匂いはするのに、人の姿が見えない。

「あ」

角を曲がった先、人影が目に入った。
狩衣を着た、自分と同い年くらいの子。
白い狐のお面を被っており表情は見えない。

「何してるの?」

声をかけると、
その子はゆっくりと顔を向けた。

「君、迷子?」
「うん……ここ、どこかわかる?」
「さあ、どこだろう。でも楽しいよ」

男の子がお面の下でにっこりと
笑ったような気がした。

「ボクは和音《わおん》。君は?」
「ポン太。よろしく、和音くん」
「ポン太、一緒に遊ぼうよ」

それから二人は鬼ごっこや隠れんぼをして遊んだ。

和音は猫のように身軽で、狭い路地の隙間をするりと簡単に通り抜ける。そんな和音をポン太は夢中で
追いかけた。こんなに楽しいのは久しぶりだった。

「お腹空いたなあ」

いつの間にか日が暮れて、
ネオンの光が街を幻想的に彩っていた。

「じゃあ何か食べよう」

和音に手を引かれ、ポン太は小さな店の前に案内された。薄暗い店内には、見たことのない料理がたくさん並んでおり、甘辛い香辛料の匂いが鼻腔をくすぐる。

「これおいしいよ」

和音が差し出したのは、顔サイズもある大きなお饅頭。一口食べれば、とても美味しいに違いない。

ポン太が饅頭に手を伸ばしかけた時、

『ポンちゃん、あちらの世界の食べ物を食べてはいけないよ。食べてしまったら、もう帰ってこられなくなってしまうから』

おばあちゃんの声が頭を過ぎった。

「……ありがとう、やっぱいいや」
「そう?じゃあもっと遊ぼう」

――

「ポン太、ずっとここにいたら?」
「でも、家に帰らないと」
「ここが家になるよ。ボクと一緒にいれば、
 毎日楽しいよ」

――そういえば、さっき気づいたのだが、
和音には影がない。

「……お母さんが待ってるから、ばいばい」

そう言うとポン太は勢いよく駆け出した。
後ろから和音の声がしたが、振り返らなかった。

どこを走っているのかわからないけれど、
ただ「帰りたい」という気持ちだけが
ポン太を突き動かしていた。

気がつくと、見慣れた街の路地に立っていた。

「あれ……」

振り返っても、先程まで走っていた狭い路地は
どこにもない。夢でも見ていたのだろうか。

ふと、ポケットに手を入れると、小さくて固いものに触れた。取り出してみると、それは赤いビー玉。
さっき、和音がくれたものだ。

「また遊ぼうね」と言いながら渡してくれた
いちご飴のような小さな贈り物。

ポン太はビー玉をぎゅっと握りしめた。
あの見知らぬ街も和音も本当にいたのだ。
もしかしたら、また会えるかもしれない。

夕焼けがポン太の影を長く伸ばしながら、
家路を辿る。その時、掌の中で赤いビー玉が
光ったような気がした。

お題「見知らぬ街」

8/18/2025, 10:10:07 PM

深夜。
静寂に沈む暗い夜道を、一人の女性がヒールの音を
響かせながら歩いていた。
規則正しく並んだ街灯が、淡い光で路面を照らす。

ここ最近、彼女の胸を苛んでいる"違和感"。
誰かに見られている、つけられている――
そんな気配がずっと付きまとっていた。

コツ、コツ、コツ……

背後から響く、革靴の足音。

彼女が立ち止まると、音も止む。
歩き出すと、また音が続く。

まるで肉食獣が獲物を観察するように執拗な足音。
心臓が喉にせり上がり、冷たい汗が背を伝う。

ヒールの歩きにくさなど顧みず、
女性は全力で駆け出した。

振り返ってはいけない。
立ち止まってはいけない。

本能が必死に警鐘を鳴らす中、
彼女は夜の闇をただひたすら走り抜けた。

やがて足音が遠のき、彼女は息を切らしながら
立ち止まった。振り返ると――誰もいない。
冷たい街灯の光だけが、
無人の路地を無機質に照らしている。

「……はぁ……」

安堵の吐息を漏らした、その刹那。

コツ、コツ、コツ……

前方から、あの足音。
どうして?混乱に陥った彼女の耳に、
今度は背後からも同じ音が忍び寄る。

コツ、コツ、コツ……

挟み撃ち。逃げ場は、どこにもなかった。

暗闇から二つの黒い影が現れた時、
甘い香りの布が口元を塞ぎ、
女性の悲鳴はかき消された。

意識は抗う間もなく、闇へと沈んでいく――。

――

目を覚ますと、
そこは石造りの壁に囲まれた空間だった。

唯一の出口らしき扉の向こうから、
あの革靴の音が聞こえてくる。
ギィ、と軋む音を立てて扉が開かれた。

現れたのは、まるで鏡に映したかのように、
身長、体格、顔立ち、全てが瓜二つの男性。

両手両足を拘束された女性は、
すすり泣きながら懇願する。

「お願い……家に帰して、ここから出して……」

二人は怯える彼女を見下ろし、
恍惚とした笑みを浮かべた。

「怯えた顔もかわいい」
「震える体もかわいい」

生まれた時から、
彼らは何でも半分こにして分け合ってきた。
おもちゃも、食べ物も、秘密も。
そして今度は、一人の女性も。

彼女の勤務先、自宅、通勤路、
すべて調べ尽くし、完璧な計画を練り上げた。

互いに目を合わせ、二人はゆっくりと笑う。

「僕は――上半身をもらう」
「では僕は――下半身を」

それから、石壁の地下室にチェーンソーの甲高い
唸りと張り裂ける悲鳴が響き渡った。

お題「足音」

(※悪役令嬢という垢の同タイトルと話が繋がってます)

8/16/2025, 10:00:25 PM

茜色に染まった空の下、母娘の影が長く伸び、
踊るように揺れている。

「夕焼け小焼けで日が暮れて〜」

夏の夕暮れに響く澄んだ歌声。
ふいに、歌声が途切れた。
母が立ち止まって、遥か遠くの空を見つめた。
雲間から差し込む夕日が、母の頬を染める。

「お母さん、どうしたの?」

娘が見上げると、母はハッとしたような表情を見せ、いつものように優しく微笑みかけた。その瞳は、
うっすらと涙の膜で潤んでいるような気がした。

「ううん、なんでもないの」

そして何も言わずに、また歩き出した。
娘の小さな手を、今度はより強く握りしめて。

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オフィス街の屋上庭園。

小鳥はペットボトルを手に、遠くに霞む山並みを
眺めていた。空は高く青く、雲がゆっくりと
流れている。そんな時、不意に吹いた風に乗って、
懐かしい香りが頬を撫でていった。

紫ちゃん——。

胸の奥で、小さく呟く。

実家の村の小さな神社。朱色の鳥居の奥、
苔むした石段の先にある古い神社。
そこに暮らしていた少女の名前。

いつも巫女装束に身を包み、長い黒髪を丁寧に
結い上げて。その微笑みは春の陽だまりのように
温かく、その手は夏の小川のように冷たく、
その香りは沈丁花のように上品だった。

紫ちゃん、元気にしてるかな。お盆になったら、
久しぶりに実家に帰ってみようか。

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ミンミンゼミの声が耳をつんざくように響き、
緑豊かな田んぼ道に陽炎がゆらゆらと立ち上って
いる。懐かしい風景が目の前に広がっていた。

「おかえり!」

実家の玄関先で、両親と祖父母が手を振って
出迎えてくれた。みんな少し年を重ねたけれど、
笑顔は変わらず温かい。

「エアコンがまた壊れちゃってね」
と母が苦笑いしながら言った。

扇風機が首を振りながら回っているが、熱い空気を
かき混ぜているだけで、汗が頬を伝い落ちる。

「小鳥も年頃だし、そろそろ結婚は考えないの?
孫の顔も見てみたいしねぇ」

帰ってくる度に祖母が決まって口にする話題を、
小鳥は曖昧に笑いながら受け流した。

夕方、小鳥は一人で神社へ向かった。
昔と変わらない石段を一段ずつ踏みしめながら。
セミの声が次第に遠ざかり、
代わりに風が木々を揺らす音だけが聞こえてくる。

朱色の鳥居をくぐると、
ずっと会いたかったあの人がいた。

「紫ちゃん!」

小鳥は子供の頃のように駆け寄り、勢いよく抱きつく。紫は少し驚いたような顔をしたが、すぐに
優しい笑顔を浮かべ、小鳥を受け止めてくれた。

「おかえりなさい、小鳥ちゃん」

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神社の縁側で、二人は横に並んで座っていた。
紫が用意してくれた白玉団子は上品な甘さで、
番茶の香りと相まって心を落ち着かせてくれる。

この神社は外から見るよりもずっと奥行きがあり、
薄暗い廊下の先は見通せないほど続いている。
不思議な造りだなと子どもの頃から思っていた。

「前より少し痩せたかな?ちゃんと食べてる?」

紫の手が小鳥の頬に触れる。ひんやりとしていて
気持ちいい――小鳥は思わず目を細めた。

「それでさ、おばあちゃんったら結婚結婚って。
全然その気ないのに」

愚痴をこぼす小鳥を、愛おしそうに見つめる紫。

「でも」と小鳥は冗談めかして言った。
「紫ちゃんがお嫁さんだったら嬉しいかも」
「えっ」

一人暮らしは気楽だけれど、時々無性に寂しくなる。帰宅した時に「おかえりなさい」と言ってくれる人がいたら。それが紫だったら。

そんなことを考えながら、
小鳥は紫の白い手をそっと取った。

「私と結婚してくれませんか?……なーんてね!」

冗談だと笑って見せたのに、
紫は急に俯いてしまった。長い沈黙が流れる。
何か変なことを言ってしまったのだろうか。
心配になって紫の顔を覗き込もうとした時、

「小鳥ちゃん、夕立が来るから
もう帰った方がいいかも」

見上げると、先ほどまで晴れていた
空に黒い雲が立ち込めていた。

「――それに、準備をしないといけないの」

準備? お祭りでもあるのだろうか。

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深夜、小鳥は母と祖母に起こされた。
まだ眠い頭のまま、鏡の前に座らされ、いつもと違う丁寧な化粧を施される。それから真っ白な着物を
着せられ、髪を結い上げられ、
気がつくと花嫁のような姿になっていた。

「お母さん、今から何かあるの?」

母は何も答えず、ただ優しく微笑むだけ。

外に出ると、村中の人たちが白い装束を着て
道の両脇に並んでいた。
みんなどこか表情がぼんやりとしていて、
月明かりに照らされた列が、神社まで続いている。

神社に着くと、そこには同じように白無垢を着た紫が立っていた。月光の下、彼女の姿は幻想的なほど
美しく、まるで天女のようだった。

「紫ちゃん、これって何かのお祭り?」

「うん」紫は目を伏せ、頬を薄紅色に染めながら
答えた。「夫婦の契りを結ぶお祭り」

そして深く頭を下げる。

「不束者ですが、よろしくお願いします」

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「おかえりなさい、あなた」
「ただいま」
「お母様、ただいま!」

神社の境内で、巫女装束を着た
美しい少女が笑顔で出迎えてくれた。
紫の手が、小鳥の膨らんだお腹をそっと撫でる。

「身重なのに、階段はきつかったでしょう?」
「ううん、大丈夫。たまには運動もしないとね」
「お腹すいたー!」
「うふふ、ご飯の支度はできていますよ」

無邪気な声を上げる娘に紫は優しく微笑みかけ、
三人は神社の奥へと吸い込まれるように
入っていった。

お題「遠くの空へ」

(※悪役令嬢という垢の同タイトルと話が繋がってます)

8/14/2025, 6:35:15 PM

ここは、見渡す限り青々とした牧草地が広がる
のどかな片田舎。

地平線まで延びる長い一本道を車で走っていると、
後部座席から娘の弾んだ声が響いた。

「ママ!UFOだよ!UFOが牛を連れ去った!」

バックミラー越しに見えるのは、窓を開けて外を
眺める娘。興奮した様子でぴょんぴょんと飛び跳ねており、振動が座席越しに伝わってくる。

パシャリ。

フラッシュの光が一瞬、車内を照らした。

「はい、はい。あんまり暴れないの。あと窓から
身を乗り出しすぎると危ないからね」

娘はいわゆる不思議ちゃんで、UMAやUFOを心から信じており、突拍子もないことを突然語り出す。
そんな娘の話をいつも話半分で聞き流していた。

最近、近隣の牧場で放牧されていた牛や羊が次々と
行方不明になる事件が相次いでいる。
娘のようにUFOの仕業だと囁く者もいたが、
そんな荒唐無稽な話は一切信じていなかった。
きっと野犬か別の野生動物の仕業に違いないと。

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ある日、家に見知らぬ男二人組が訪ねてきた。

背が高く、黒いスーツにサングラス姿の
まるでSPのような出で立ちだ。

「あなたやご親族の方で、UFOを目撃された方は
いらっしゃいませんか?」

機械的で無機質な声。
ひどく不気味な連中だった。

「誰か来たの?」

男たちが去った後、私は娘の手を取った。

「いい?知らない人についていっちゃダメ。
それと、あんな話を誰かにするのもダメよ」

その言葉に娘はどこか悲しそうな顔をした。

それから数日後、娘が行方不明になった。

近所の人々も警察も総出で捜索したが、
どこを探しても見つからず。そう、消えたのだ。
まるで煙のように、跡形もなく。

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月日は流れ――

田舎町の家に、二人の老夫婦が暮らしていた。
白髪混じりの髪に、シワが刻まれた顔。
お互い歳を取ったが、娘を失った悲しみから
ようやく立ち直り、細々と仲睦まじく過ごしていた。

夫が町に出かけたある午後のこと。

「ただいま、ママ!」

懐かしい声に、思わず手からカップが滑り落ちる。

娘が帰ってきた。いなくなった時と
何一つ変わらない、あの頃の姿のままで。

「それでね、宇宙船に乗って旅してたの!宇宙から
見た地球って、とっても青くて綺麗だった」

リビングで無邪気に旅の思い出を語る娘。
どれも到底信じられない話ばかりだ。

「ねえ、本当は今までどこに行っていたの?
お願い、正直に話してちょうだい!」

娘の両肩を掴み、強く揺さぶる。

「ママ、痛いよ」

娘が痛そうに顔をしかめるのを見て我に返った。
立ち上がり、震える手で額を押さえる。
まずは夫に連絡を、それから――。

「もう戻らないと」

戻る?どこに?

振り返ると、娘の姿はもうそこになかった。

残されていたのは、テーブルに置かれた
飲みかけのまだ温かいカップだけ。

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あることを確かめたくて、久しぶりに娘の部屋へ
入った。いつか帰ってくるかもしれないと、
掃除はしていたが、配置は昔のまま。

壁にはUMAのポスター、
本棚にはUFOやオカルトの本が並んでいる。

机の引き出しから、あの日娘が持っていた
カメラを取り出した。
手付かずのまま残していたフィルム。

現像してみると、そこには確かに写っていた。
空に浮かぶ、謎の円盤が。

お題「君が見た景色」

8/11/2025, 8:10:07 PM

イオンで映画鑑賞を終えた栗井牟は、
彼女と並んで31のショーケースを覗き込んでいた。

「何が好き?」
「んー、チョコミント?よりもあ・な・た♡」

甘い声で答える彼女に、栗井牟の頬が自然と緩む。
周りの目なんて気にならない。
恋人同士の特権だと、二人は思う存分イチャついた。

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「へぇ、よかったじゃん」

翌日、親友の九津木にその話をすると、
彼はいつものように栗井牟の話に耳を傾けてくれた。九津木は昔から、どんなにくだらない事でも
真剣に聞いてくれる栗井牟の良き理解者だ。

「お前も彼女作れよ。人生が輝きだすぞ。
男前なんだからすぐできるって」

調子に乗って九津木の肩をポンポンと叩く栗井牟。
九津木は一瞬、意味深な表情をしたが、
浮かれポンチの栗井牟が
それに気づくことはなかった。

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「ごめんなさい。別れてほしいの」

……え?

ある日突然、彼女に別れを切り出された。
頭の中が真っ白になり、言葉が出てこない。

自分に何か非があったのだろうか。
愛情が足りなかったのだろうか。
答えの見つからない問いが、
栗井牟の頭の中をぐるぐると駆け巡った。

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「元気出せよ」

傷心の栗井牟を支えてくれたのは、
やはり九津木だった。
彼の言葉に、ほんの少しだけ心が軽くなる。

「アイスでも食べよう」

冷蔵庫から取り出されたのはチョコミントアイス。
彼女が好きだと話していた味。
それまであまり食べたことがなかったが、
彼女の影響でよく買うようになっていた。

二人はソファに座り、無言でアイスを食べる。
ひんやりとした甘さが口の中に広がるたび、
彼女との思い出がよみがえった。

「……お前、チョコミント好きだったっけ?」
「ううん、大嫌い。歯磨き粉みたいな味するし」
「いま全国のチョコミン党に喧嘩売ったぞ」

久しぶりに笑えた瞬間だった。

九津木がふいに、栗井牟へ顔を近づける。

「は?」

困惑する暇もなく、
九津木の唇が栗井牟の唇に重なった。
頭が混乱し、何が起きているのか理解できない。
慌てて身を引こうとしたが、九津木は栗井牟を
ソファに押し倒し、口づけをさらに深くした。

もがく栗井牟の手がテーブルのカップに当たり、
チョコミントの残りが宙を舞い、床にこぼれる。

「やっぱり、歯磨き粉の味がするな」

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数日後、栗井牟のもとに元恋人から連絡があった。
カフェで久しぶりに再会した彼女は、
以前よりも少し痩せて見えた。

「……よりを戻せないかな」

新しい恋人に裏切られ、
あっけなく別れを告げられたという。

彼女の話を聞きながら、栗井牟の胸は複雑に
揺れ動いた。彼女の愛嬌あふれる笑顔も、
可愛い声も、今でも好きだったから。

だけど、もう――。

「こいつ俺のだから」

突然現れた九津木が栗井牟の肩を抱き、
彼女の顔がみるみるうちに青ざめていく。

九津木は彼女に冷たい視線を送った後、
栗井牟とその場を立ち去った。

一人取り残され呆然とする彼女。
栗井牟を連れ去った男――それは、
二人が別れる原因を作った張本人である、
あの新しい恋人だったのだから。

覆水盆に返らず。
こぼれたアイスクリーム、元に戻らず。

お題「こぼれたアイスクリーム」

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