「溢れてしまいそう」
あとどれくらい隣にいられるかを数えて、安心する。
今日も明日もずっとこのままでいられたらいいのに……なんて、決して叶うことのない願い。
この想いは、まだ口にする勇気も度胸も覚悟もない。
気の置けない関係のはずなのに、気を抜けなくなっている。
少しでも気を抜くと、溢れてしまいそうになる。
気づかないでほしい。
でも、本当は知っていてほしい。
だけど、やっぱりこのままでいい。
ぐるぐると思考は回る。
そして、行き着く先は現状維持。
まだ、このままでいい。
まだ、この気持ちは抑えられる。
だからまだ……
────雫
「シーソー」
君がそばにいるなら何もいらない。
そう貴方は言うけど、私は同じ台詞を返せない。
お金だって社会的地位だって欲しい。
叶えたい夢や希望はいっぱいある。
私は欲張りなのだろうか。
それとも、貴方が夢見がちなだけだろうか。
強欲さを正当化してるって思うかもしれない。
単にふたりの温度差の話かもしれない。
だけど、お互いしか見えなくて、世界が狭くなるような関係は、どちらかがいなくなってしまったら、どうなるのだろう。
私は、それが怖い。
────何もいらない
「未来がわかる本」
何かに導かれるように入っていった路地の奥。
小汚い古本屋の店先にあった本は表紙にタイトルが書かれていなかった。
「あら少年。その本が気になるの?」
昔再放送で観たアニメに出てきた悪の組織の女ボスのような、肌の露出多めの色っぽい女性が俺を見ている。
「あ、いや……」
「その本にはね、見たいと思った人の未来が書かれているのよ」
「……はぁ」
「信じてないわね」
いや、そんなこと信じられるわけないだろ。
「知りたくない?」
「…………」
「ほら、好きな子とうまくいくかなぁとか、進路のこととか、ね?」
「…………」
そりゃ、未来のことは気になるさ。
でも……
「いや、やっぱりいいです。俺には必要ないんで」
「あら、残念」
「……失礼します」
そっと本を戻し、女性に背を向けて歩き出す。
未来を見るのは、正直言って怖い。
自分が思い描くものと違っていたら……
あの子の隣に俺以外の男がいたら……
そんな未来は知りたくない。
たとえ結果がうまくいかなかったとしても、初めからそれを知りたくない。
それに、もしも自分の理想通りの未来を見たとしたら、俺はきっと調子に乗ってしまうだろうから。
だから、俺には必要ない。
「ほんと、残念だわ……」
女性の声に思わず振り返るが、あったはずの怪しげな店も女性の姿も、そこにはなかった。
────もしも未来を見れるなら
「変わる世界」
あいつらが見ている世界と俺が見ている世界はたぶん違うのだろう。
目標に向かって努力しているあいつらには、きっと世界はキラキラと輝いているように見えている。
それに対して、何の目標もなく夢もやりたいことも見つけられていない俺。
「それって、まだこれからどうとでもなるってことじゃない?」
彼女はそう言って笑った。
意味がわからず、首を傾げる俺。
「これからいくらでもやりたいこと探し放題ってことだよ」
「どうやって探すんだよ、やりたいことって」
「本当に無いの?」
「……ああ。無い」
「じゃあ、あたしと付き合ってみる?」
「なにを言って……」
「あたし、多趣味だからさ。きっと世界広がるよ」
悪戯っ子のように笑う彼女から、目を逸らすことができない。
色鮮やかな世界への扉が開かれたような気がした。
────無色の世界
「私を忘れないで」
桜は満開になるまで風が吹いても散らないが、満開になったら何もしなくても花びらは舞い散る。
「桜散る」は、受験に失敗したという表現に使われるけど、個人的には納得がいかない。
精一杯開かないと散らない、でも満開になったら散ってしまうのは、寿命みたいで、努力したけど実らなかった事と結びつけるのは違うのではないかって。
「じゃあ、桜散るっていうのは君にとっては天に召されるってことか」
「あー、うん。そうかも」
だから、私は天に還るのは桜の舞う日がいいと、思っているのかも。
私を失っても、他の誰かと幸せになってほしい。
だけど、桜が散るのを見た時だけ、私のことを思い出してほしい。
この満開の桜をふたりで見たことも。
今のこの幸せな日々も。
年に一度だけ、私のことを思い出してくれればいい。
決して口に出せない。
たったひとつの願いごと。
────桜散る