「揶揄われる筋合いはない」
ある人は、キラキラネームだな、と言う。
別の人は、古風なお名前ですね、と言う。
人によって印象が違うのは仕方がないけれど、どうやら読めない人はキラキラネームと認識しているようなのだ。
仕方がないのかもしれない。
だが、わざと間違った読み方をされ揶揄われるのは腹が立つ。
小学生のころ、揶揄ってきた同じクラスの男子に反撃して泣かせたことがあるが、これは黒歴史だ。
この名前を読める人も、なぜこの漢字でその読み方なのか、知っている人は多くない。
私の名前の由来は、それと関係がある。
だが、由来を長々と説明するのは面倒で仕方ない。
古今和歌集の和歌でも使われている言葉。
読み方は珍しいけど、意外とこの名前の人は存在している。
私と出会った人は、この先どこかで私と同じ名前の人に会ったとき、間違うことなく読めるはずだ。
「そうは言うけど、まだ出会ってないなぁ」
長い付き合いの友人が、子供をあやしながら呟く。
高校入学時にクラス名簿を見て、名前の読み方を尋ねてきたのがきっかけで話すようになった子だ。
「大学の時の友達で、今パートで医療事務してる子がいるんだけど、この前、私と同じ名前の患者さんがいたって」
「へー。どんな感じの人だったって?」
「おばあちゃんだったらしい」
「やっぱり古風な名前なんだよー。まぁ私も人のこと言えないけど」
「だよねー」
この子に限らず、私の友達は古風な名前の子ばかりなのだ。不思議なことに。
────私の名前
「君は決してこちらを見ない」
君が誰を見ているのかなんて、初めからわかっていた。
そんなヤツやめとけ。
そう言えたらいいのに。
悔しいことに、そんなこと言えないほど、あいつはいいヤツなのだ。
しかも、あいつも君のことをいつも見ている。
入り込める隙間など無いし、入り込もうとも思わない。
いい加減もう諦めてしまいたいのに、なぜ君から目を離せないのだろう。
そして、君が振られることを願ってしまう。
こんな人の不幸を願うようなヤツが、君の視界に入るわけないのに。
────視線の先には
「あなたは、なにもできない」
うまく人と話せないあなたの友達は、私だけ。
あなたは、私がいなければカフェでお茶もできない。本も洋服も買いに行けない。
そうなるように、私がしたから。
このまま大人になったら、あなたは私がいなければ何もできない。
それでいいの。
私が何もかもうまくやってあげる。
一生、私があなたの世話をするの。
そうなるように、私がしたから。
このまま、ずっとずっと一生、あなたは私がいなければ生きられないの。
なんて楽なのでしょう。
あなたは全部私に任せていればいい。
あなたは幸せ。私も幸せ。
あなたは逃げることはできない。
逃げようと思うことがないように、私が教え込んだから。
ずっと、ずっと私だけのあなたでいて。
私だけを見ていて。
────私だけ
「海沿いの町」
幼い頃、何度も何度も見ていた夢があった。
一緒に遊んでいる男の子は、たぶん幼馴染なのだろう。なんとなく、そんな気がした。
そして、その夢の中で住んでいるのは海沿いの町。
高校生になるまで、本物の海を見たことなんてなかったのに。
自分でお金を稼げるようになってから、海沿いの町へと旅をするようになった。
大きくなるにつれ、その夢を見ることはなくなってしまったが、夢に出てきた町が何処なのか知りたかったのだ。
そこに行けば、その男の子と会えるような気がしたから。
何年もかけて海沿いの町を巡ったが、その町を見つけることはできなかった。
所詮は夢か。
そう思って諦めかけていたとき、夢の中の男の子にどことなく似ている男性と出会った。
トントン拍子で話が進み、出会って半年もしないうちにプロポーズ。
連れて行かれた彼の故郷は、島で、何度も何度も見ていたあの夢の町とそっくりだった。
────遠い日の記憶
「あの空の向こうに」
子供の頃は、何かに似ている雲の形を面白がっていた。
くまさん、ひつじさん、ソフトクリーム、ぎょうざ、サンタさんのおひげ。
少し大きくなって、宇宙の存在を知った。
「この空の向こうの、ずっとずっと向こうに宇宙があるんだ……」
そう思うようになった。
社会人になると、空を見る余裕が無くなってしまった。
ただでさえ慣れない都会でのひとり暮らし。
その上、いわゆるブラック企業に就職してしまったのだ。
身体も心も傷ついて、仕事を辞めて実家に戻ってからは、日中の空は恨めしいものに変わり……
ようやく家事が出来るまで立ち直った頃。
このあと晴れ続けるのか、洗濯物を夕方まで外に出しておいても大丈夫なのか、そんなことが気になるようになった。
そして今、再び雲の形が何に見えるかを楽しんでいる。
この空は何処かにつながっているということ。
当たり前なのに不思議だと感じる。
身体は土に、魂は空に還る──などと言うが、この先、年を重ねたとき、そして最期の時が近づくとき、どんなことを思って私は空に手を伸ばすのだろう。
────空を見上げて心に浮かんだこと