「一番の楽しみ」
「オープン日未定……」
スマホでスキー場の公式SNSを見ている彼女が肩を落としため息をついている。
「温暖化だからなぁ……」
「ううう……」
唸る彼女の肩を叩くが、ぺしりと払い除けられてしまった。
「あーあ。私の冬の楽しみが……」
テーブルに突っ伏して呟く彼女。
「冬の楽しみはスノボだけじゃないだろ」
「……スノボが一番だもん」
俺の彼女は三度の飯よりスノボが好きなのだ。
俺はウインタースボーツの類は一切しないので、冬季の休日は自然と別行動になる。
「もういっそ雪山行かずに俺と一緒に炬燵で読書しよーぜ!」
わざと明るく誘ってみるも、キッと睨まれた。
八割くらい本気だったのになぁ……
────冬になったら
「ゆびきりげんまん」
物心つく前から、私とあの子はずっと一緒にいた。
このまま大きくなっても一緒なのだと信じていたんだ、ずっと。
まさか、お別れする日が来るなんて。
ひとつのものを無理矢理、半分に分けたかのように、心だけではなく、身体中に痛みが走った気がした。
絶対、絶対に忘れないで。
絶対、絶対に忘れないよ。
約束したはずなのに──
「あー、ごめん。仲が良い女の子がいたことはなんとなく覚えているんだけど……」
物理的な距離は、あの子から私の記憶を薄めてしまった。
数年ぶりに再会したことは嬉しかったけど、それだけでは終わらなかった。
あの子は私のことを覚えていなかった。
仲の良い幼馴染がいたことは、ぼんやりと覚えていたようだが、名前や声は覚えていない。
こんなの、覚えているうちに入らない。
じゃあ、あの約束は?
小指を絡めて交わした、あの約束は?
ずっと私の心を支えていた、もうひとつの約束。
何よりも大切なことは、怖くて訊くことができない。
────はなればなれ
「一度は言ってみたい台詞」
「ここは俺に任せて、お前は先に行け。俺は後から行く」
「それ死亡フラグじゃねーか」
「いや、でも一度は言ってみたい台詞っていったらこれだろ」
「まあ、言ったらフラグ立つしな」
「安心しろ。峰打ちだ」
「またシチュエーションが限られる台詞きたぞ」
「俺に惚れちゃ火傷するぜ、子猫ちゃん」
「うわぁ……」
「言ってみたくね?」
「うーん……」
「言いたいかどうかはともかく、ポーズ取って言ってるの見ると、こう……」
「痛いな」
「あ、言っちゃったよこいつ」
くだらないことを駄弁りながら、のろのろと住宅地を歩く。
四人の影が伸びていて、日の入りの時間が近づいているのだと実感する。
「そういえばさぁ……この『子猫ちゃん』って、俺マジで動物の子猫のことだと思ってたんだよねー」
「なんで!」
「いや、猫アレルギーの人が言ってる台詞なのかと」
「猫っぽい気まぐれな女のこと言ってるんじゃねーの?」
「いや、性の対象としてみている女性の比喩らしいぞ」
「マジか。考えようによってはクズいな」
「だよなぁ……やっぱり一度は言ってみたい」
呆れたような目やゴミを見るような目で見られた。解せぬ。
────子猫
「落葉」
もう終わりにしよう。
そう思って、自分から連絡するのをやめた。
メッセージは未読スルーして三日後に返信。
もう終わりに近づいていることを、それとなく匂わせてきた。
今日が最後。
だからこそ、最高の私を見せたい。
服は思い出のあの日と同じものだけど、ヘアサロンでセットとメイクをしてもらった。
だけど、いつもと同じようで違う私に彼は気が付かない。
やっぱり、今日で終わりだね。
澄んだ青い空。
太陽の光は温かいのに、吹く風はひんやりとしている。
春に生まれて、夏に急に盛り上がった恋。
すべてを凍らせる冬になる前に、今終わる。
赤く染まった葉が、ふたりの間を落ちていく。
────秋風
「今シーズン最後の絶景」
「もうそんな時期か」
冬季通行止め予告の電光表示を見て呟く。
十一月中旬から来年の四月下旬まで、あの道は通れない。
しばらく通れないとなると、無性に行きたくなるものだ。
だが、今の自分の服装で行くのは躊躇われる。
このまま行ったら確実に寒いだろう。
翌日朝、路面凍結により通行止めと知った。
いつだったか、通行止め期間の数日前に凍結で通行止めになったとき、そのまま冬季通行止めに入ってしまったことを思い出す。
今シーズンはもう行けないかもしれない。
祈るような気持ちで迎えた休日、真冬用の上着を積んで車に乗り込んだ。
朝のうちは霧が濃い。注意報も出ている程だ。
ぼんやりと白い靄のかかる方向へと向かう。
市街地の街路樹の葉は赤茶色。
近くの山は赤と黄色が斑らで、昨日とは違う色に染まっている。
「着く頃には晴れているといいんだが」
今年最後の絶景を見られることを祈り、アクセルを踏んだ。
────また会いましょう