ずっとこのまま
そっとふれた世界の片鱗はきらきらと光を放っている。
隣にあなたがいる。それだけで世界が綺麗だった。
色彩が鮮やかで、この目に刻む一分一秒が美しくって。
「■■」
あなたがわたしを呼ぶ。抱き寄せられて、疾うに滅びたはずの心拍がその胸の下で拍動しているのを微かに感じる。
とくん、とくん。刻む鼓動はわたしと同じリズム。こうやってあなたの拍動にふれて生きていきたかった。
「……」
あなたは何も言わない。
きっとあなたも分かっていたのだろう。これがただの夢のなかに過ぎなくて、ふれれば壊れる儚いものだと。
それでも、わたしはあなたの温度に溺れて動けなくなる。
「ねぇ、ずっとこのまま夢を見させて」
あなたとふたり、もう二度と叶わない美しい夢の中で息をさせて。
三日月
世界は三日月の夜の最中、わたしは朝焼けを怖がってひとり息を殺していた。
外はまだ世界が眠りについていて、窓から覗いた微かな月明かりに照らされた街は酷く清く見えた。
夜明けは怖いくせに、夜明け前の空が好きだ。夜明けの限りなく彩度のない橙と夜の青が共存している空は、綺麗で。
それでも、夜明けも朝も好きにはなれなかった。
朝が来ればわたしはまた社会に求められる『わたし』にならなければならない。
夜の間だけは好きなことだけ追って、好きなことだけを書いて、描いて、何もかも忘れて、社会には求められなくとも一番好きな『自分』でいることを許される。
しかし太陽光が支配する昼間ではそれすら許されなくて。
個性なんて必要なくて、わたしがいなくてもその場所に代わりはいる。
だから月と星が浮かぶ夜だけは。本当のわたしでいるの。
好きなものを好きと言って、流行曲に命を救われないまま、好きなものを書いて、描いて呼吸をするの。
数時間だけそれを許してね、三日月の夜夜中。
色とりどり
光彩陸離。頭の辞書のなかにだけあった、綺麗な言葉。こんな綺麗な言葉とは一生接点などないだろうなと思っていたのに、きっと今目に映るものをそう呼ぶのだろう、ぼんやりとした思考の中で考える。
サンキャッチャーが朝日に揺れている。それは宝石のように光を散らし、光は虹のように様々な色を内包していた。
目覚めたばかりのわたしの目にはいささか眩しいものだ。わずかに瞼を下げて薄らと影を作る、これなら眩しくないだろう。
「ごめんね、眩しかった?」
そっと瞼の上を、誰かの手に包むような優しさで覆われる。
先ほどまで眠りを委ねていた暗闇は温かく、不思議と安心した。昨夜、こわいとわたしの隣で呼吸をしていたひとに縋ったのが嘘のように。
「……少し、だけ」
「そう、良かった」
瞼を覆われたのと同じくらいの強さでわたしの目を覆っていた手が離れていく。
「おはよう、良い夢は見れたかい」
「夢は見てない、けど、悪くない眠りだった、と思う」
「あはは、なにそれ」
あなたが笑って、わたしの前髪をくしゃりと撫でる。愛おしげに細められたその目元にはサンキャッチャーが散らした光彩陸離の光が落ちていた。
雪
すっと消えそうな白い肌をなぞっていた。
指先に柔い感触とどうしようもない冷たさが返ってきて、ああ、もうこの体にいたひとはもう帰ってこないのだと静寂の中で現実味を帯びたあの人の死がわたしの頭の隅で揺れた。
赤色が滲んで目に刺さる。雪が赤色に触れて緩やかに溶け、まるでかき氷にかけられたシロップのようだった。
赤が雪に流れ出ていくのに比例して、ただでさえ白かったあのひとの肌が雪と同じ白に染まる。
失われていく、その事実を眺めていた。
「…………」
言葉は出なかった。言葉なんて、出るわけが無かった。
胸の奥で感情たちが言葉を得られないままに喉奥まで押し寄せ、結局言葉にならないまま呼吸だけが目の前の白い景色に溶けていく。
ただ、じっと眺めていた。慟哭さえもできないまま、眺めていたんだ。
君と一緒に
終わらない夢を見ている。文字通り永遠に終わらない夢を。
夢の終わりが次の夢の始まりを呼んで、一つの夢が終わる度に世界は白に還る。
この世界では時間という絶対的な理すら意味を成さない。命という存在意義すら曖昧だった。
その夢の終わりを目指して、わたしたちは歩いている。
一つの夢が終わる。ぱきぱきと宝石に亀裂が入るように景色が崩れ落ちていく。
「良い夢だった」
終わりゆく夢の中、あなたがそう呟いた。
「……これがあなたにとって良い夢?」
「うん、良い夢だったよ」
あなたは奇麗に笑う。今の夢の何処が良い夢だったのだろう、わたしにはわからなかった。
「ねぇ、次はどんな夢を見ようか」
あなたがそう問う。どんな夢を見たいか、わたしにはわからない。
「……あなたが一緒なら、どんな夢でもいい」
そう答えたわたしの髪をあなたの指先がやわらかに撫でた。
「次は一緒に終われたらいいね」
終わりない夢を見ている。文字通り永遠に終わらない夢を。
いつまでも続く夢のなかで、あなたとふたりで共に終われる結末を探している。