水に「ありがとう」と言うと
綺麗な結晶ができるという。
水に「ばかやろう」と言うと
形の悪い結晶ができるという。
物質は全て細かい粒子でできていて
常に運動をしているという。
粒子も言葉をかけられたら
嬉しいのだろう。
だから私は物に対して丁寧さを
心がける。
もちろん私の身体にも愛情をかけて。
私の臓器達よ。 ありがとう。
頑張っているね。
朝一番
目覚めた。生きている。
「ありがとう」
熱が出たら
ただの風邪か、
インフルか、
コロナか
3パターンを考える。
市販薬で治ればただの風邪。
微熱どころか高熱になれば病院行き。
それはインフルかコロナを疑う。
菌が楽しく繁殖する季節。
抵抗する力をつけないといけないか
それとも菌と仲良くした方が
罹患しなくてすむのかな。
どっちにしろ健康でいたい。
落ちていく 私の筋肉
落ちていく 私の瞼
落ちていく 私の頬
みんな重力に逆らわず
素直に落ちていく。
私の身体よ
そこは反抗してほしい。
見えない糸で吊るそうか。
見えない針で刺激を与えようか。
落ちていく全てを
受け止め
食い止め
押し上げる。
この年齢のあるある。
どうすればいいの?
若い時はそう考える状況に
よくぶち当たった。
仕事。人間関係。子育て。
考えた末、選んだ方法が
正解だったとは断言できない。
そして今の自分ならわかるかと
言われても今もわからない。
占いにも行った。
人生の先輩にも聞いた。
公共機関も利用した。
悩んだ先に今の私がいる。
あの頃…若かったわね…
と、笑って話すには
もう少し
歳を重ねる必要があるかな。
幼かった頃
緑の小箱に入ったブローチが
私の宝物だった。
淡いピンク色のブローチ。
バブーシュカを被る女の子の絵柄が可愛かった。
周りには銀色に光るものが縁取られ、自分はそれがダイヤモンドだと思っていた。
絵の部分は少し浮き出てて、
触ると冷たいのに何故か指にフィットして気持ち良く、
反対に周りのダイヤモンドはゴツゴツして、まるで女の子を守るイバラのようだった。
誰からもらったのか。
きっと母親からだろう。
箱から取り出しては眺め、
またしまう。
その眺めている瞬間が
たまらなく好きだった。
絵の中の女の子は私で、
昭和チックな妄想に時間を膨らませていた。
今はもうない。
どこにいったか。
私の幼心と一緒に
捨ててしまったのだろう。