【泣かないで】
「大丈夫だから」
優しく言いながら頭を撫でてくるのが切なくて、余計に雫が溢れ出す。
「また会えるよ」
「そんな言葉、信じられるかよ!」
情けない泣き顔のまま叫ぶと、目の前の顔が哀しそうに歪んだ。
「信じてよ」
「……」
「また必ず会えるから。だから、泣かないで」
一度頬を撫でられて、手が離れるとその体温はすうっと消えて。
「またね」
「……ああ」
この温もりが戻ってくることなど二度とないと分かっているのに。俺は涙を拭って、あの人の最後の言葉を信じようと思ってしまった。
【冬のはじまり】
冬がはじまったなあ、と思う時は
仕事から家に帰ると
コタツがある時
奥さんが出しておいてくれたんだな、とつい微笑んでしまう
「まだコタツには早いんじゃない?」
と言いながらもスイッチを入れて、足を突っ込むと
奥さんから「たまに寒い日もあるでしょ」との答えが返ってくる
そのうち足だけが温まってきて
ああ、もう冬だな、って
【終わらせないで】
「では、そのようにお願いします」
仕事のできる上司、冴島さんはクールにそう言って話を終わらせようとする。
冴島さんは私に仕事の指示をしただけ。これ以上話す理由なんてないのは分かっているけど、私はまだ冴島さんと話していたくて。
「す……すみません」
「はい?」
私の席から立ち去ろうとしている冴島さんに声をかけると、不思議そうな顔をして振り返る。
「先日作成したポスターのレイアウトに変更点があるので、再度確認していただきたいのですが――」
適当な理由をつけて、私の席に彼を呼び戻す。冴島さんは眼鏡を指でくいっと上げると、パソコンの画面を覗き込んだ。
「ああ……なるほど。フォントの色と場所を変更したんですね」
「ええ。前回のものとどちらが良いかと思いまして」
「そうですね、両方とも色は綺麗ですし、視認性も良いと思います――」
どんな内容だっていい。少しでも長く、好きな人と話していたい。
あなたにとってはただの仕事の話だとしても。私にとっては大事な時間なんです。お願いだから、まだ終わらせないで。
【愛情】
当たり前のように注がれていて、その温かさにも有り難さにもつい最近まで気付けなかった。
就職すると同時に一人暮らしを始めて、働いてお金を稼ぎ養ってくれたのも家事をしてくれたのも、愛情だったのだと知った。
落ち込んでいれば明るく励ましてくれて、テストで良い点を取れば自分のことのように喜び、褒めてくれた。
熱を出して寝込めば夜中でも看病してくれて、悩みがあれば解決するまで相談に乗ってくれた。
どれも当たり前ではなく、私のために与えて包んでくれていた。一人になって、初めて気付いた。
でも、一人で居る私の元には今日もメッセージが届く。
「ちゃんとご飯食べた?」
愛情は今も、確かに注がれている。
お父さん、お母さん、沢山の愛情をありがとう。
【微熱】
仕事中、怠くて頭が痛くて、家に帰ってすぐに体温を測ったら37度2分。
微熱が出ていた。
スーツ姿のまま、ソファに横になる。
熱が上がってしまうから、ちゃんと着替えてベッドで寝ないと。
分かってはいるけど、体調が悪い時はどうしても動きたくなくなってしまう。
仕事の疲れも加わって、しばらくソファに横になったままでいた。
……そういえば今日、頭が痛くて額を押さえていたら、同僚の佐々木さんが声をかけてくれたっけ。
「大丈夫? 顔色悪いよ?」って。
笑って大丈夫ですと答えたけど、佐々木さんは微笑みながら「無理しないでね」と言ってくれた。
優しくてカッコよくて、仕事もできる佐々木さんは、私の片思いの相手だ。私にだけ見せてくれた、あの穏やかな笑顔……あー、思い出しただけでドキドキする!
自分の頬に触れてみると、さっきよりも明らかに熱い。もしかしたら、もう微熱とは呼べないくらいに熱が上がってたりして。もしそうなら、絶対に佐々木さんのせいだ。
試しにもう一度体温を測ってみたけれど、37度4分だった。少しだけ上がっていたとはいえ、まだ微熱の範囲だろう。
早く体調を治して、仕事に行って。また佐々木さんと話せるといいな。そのためには、温かくして寝なきゃ。
私は怠い体を引きずりソファから降りて、のそのそと部屋着に着替え始めた。