【台風が過ぎ去って】
朝は忙しい
息子がなかなかご飯を食べず
朝の子供向けテレビ番組に夢中だ
とうとうテレビを消して
早く食べなさい、幼稚園遅れちゃうよと言うと
大泣きして収拾がつかなくなる
それをなんとか宥めて
〇〇くんが幼稚園で待ってるでしょ、
〇〇ちゃんも一緒に遊んでくれるかも、
とか言い聞かせながら着替えさせる
途中で部屋に置いてあるおもちゃに興味が移り
空いた手で勝手に遊び始めたのを
やんわり止めると今度は怒り出す
ママのバカ!とか言われるのにもさすがに慣れてきた
はいはい、と流して今度は歯磨き
髪もとかしてやって帽子を被せて
忘れ物がないか確認してカバンを持たせて……
このころには息子も
〇〇くん、このあいだかっこよかったんだよ、
昨日〇〇ちゃんとブランコで遊んだときね、
なんて幼稚園の友達としたことを思い出して
テンションが上がっていた
それにそうなんだね、よかったねなどと相槌を打ちながら
自分も残っている用意を終わらせて
息子を幼稚園バスに乗せ
いってらっしゃいと手を振る
ここでようやく一息つけると思いきや
そんなこともない
家に帰れば家族が使った食器や脱ぎ捨てたパジャマ、
息子が手遊びしていたおもちゃ、
ゴミ箱に捨てられていないゴミなどなど
とりあえずこれらを片付けなければ
そのあとは私も仕事に行かないと
台風が過ぎ去っても
まだ私の戦いは終わらない
【ひとりきり】
私はいつだってひとりきりだった
どんなに気遣ってくれる人がいても
私の本当の気持ちを知らないから
ありがたく受け取ることができない場合が多かった
何も理解されず、それなのに優しくされ
一緒にいるのにひとりきりだと感じていた
私はこんな人間ではない
こんなもの好きじゃない
でも本当はあんなものが好きだ
だけど言えないのだ
今となっては知ってほしくもないのだ
もう、自分からひとりきりを選んでしまうようになった
それが一番楽で
それが一番自分らしくいられる
もうひとりきりでいい
誰も理解してくれなくていい
いや……
理解されることさえ諦めたんだ
【Red,Green,Blue】
RGBの光が
テレビ画面の色を表現している
実はスマホやパソコンの画面もだ
赤と緑と青
あるのはこの3色だけなのに
美しい景色やあの芸能人の姿や色を
詳細に伝えてくれているのだ
たった3色の光が
鮮やかな色彩を生んでいるという事実は
私たちを驚かせる
その技術を生み出した方々に
感謝と称賛の言葉を送りたい
【フィルター】
隣のクラスに転校してきたあの子は、前の学校で大人しい子を執拗にいじめていたという。それが先生や周りの生徒にバレて居づらくなり、逃げるように転校してきたらしい。
私はあの子を一瞬見かけただけで話もしていないけれど、そんな噂を聞いて、嫌なやつだなと思った。
その後は体育の授業や集会などで、ときどきその子を見かけることがあった。
見かけるたび、噂の内容を思い出して、なんでこの学校に来たんだ、早くこの学校からも転校すればいいのにと思った。
私も大人しい方だから、万が一いじめられたりしたら嫌だし、同じクラスになる前にいなくなってほしかった。
そのうち、私のクラスメイトたちも、
「あの子、暗そうな感じがして気持ち悪い」
「前の学校で他の子をいじめてたんでしょ? 最悪だよね」
「ここでは猫かぶって目立たないようにしてるみたいだけど、騙されない」
とあの子のことを話題にするようになった。
どれも悪い印象ばかりだったが、あの子の前の学校での行いのせいだから自業自得だ。だから私もそれらの意見には毎回同意していた。
転校したからといって、いじめをしていた事実は変わらないし、今までにやってきたことが簡単に許されるわけがないのだ。
けれどある日、あの子は自宅マンションから飛び降りて帰らぬ人となった。
学校では集会が開かれたが、亡くなった事実のみが伝えられ、先生たちの口から詳細が語られることはなかった。
私は、あの子が前の学校でいじめをしていたことで陰口を叩かれ、それを苦に命を絶ったのだと思った。
亡くなったのはもちろん悲しいことだが、自分が蒔いた種でもある。
そもそもいじめをしなければよかったんじゃないか、とも思った。
だが、私は友達からまた噂を聞いたのだ。
あの子の母親が、先生たちに話していたという内容を。
「あの子は前の学校でいじめに遭っていたのですが、いじめている子から離れられるよう、転校させました。
前の学校では毎日辛そうにしていましたが、転校して環境が変わると、いじめに遭う前のような笑顔を取り戻しました。
でも、そんな明るい顔を見せてくれたのも、この学校に転校してほんの数日だけのことでした。またあの子は辛そうな顔をして学校に通っていて……。
話を聞いてみると、自分が前の学校で他の子をいじめて、逃げるように転校してきたのだという噂が広がっているということでした。
否定しても、噂が広まりすぎていて全く信用してもらえないのだとも言っていました。
そしてどうやら、その噂をこちらの学校の生徒さんに流したのも、あの子をいじめていた子だったようです。
私はあの子を励ましたり、学校を休んでも構わないと言ったりしましたが、本人はどうしても他の子たちに自分がいじめなどしていないと分かってほしかったようで……友達も作りたいのだと言っていました。でも、やはりうまくいかなかったようです。それで、最後にはこんな結果に――」
友達から聞いたこの噂だって、本当かどうかは分からない。
隣の隣のクラスの子が、あの子の母親と先生たちが会議室で話しているのを聞いたという、そしてそれを私は友達から聞いているだけという、本当かどうかも怪しい噂だ。
だけど、もしこれが本当なら。
あの子が亡くなったのは、もしかしたら私たちのせいなんじゃないか。
私たちは、あの子とロクに話をするわけでもなく、本人の意見を聞くわけでもなく、噂という誰が作ったかも分からないフィルター越しにしかあの子を見ていなかった。
そのフィルターを意図的に作り、私たちの学校に広めたのも、前の学校であの子をいじめていた人。
私たちにとってはどこの誰かもはっきりしない、悪意だけしか感じられない人。
そんな人の作った噂に踊らされ、あの子を、もしかしたら何の罪もなかったかもしれないあの子を、追い詰めて殺してしまった。
私ははじめから、先入観というフィルターがかかった状態でしかあの子を見ることができていなかった。きっと私の周りの子たちも同じだっただろう。それがどれほどあの子を苦しめただろうか。分かってもらえない辛さは、あの子の生きる気力を削り取っていったはずだ。
これを読んでいる方も、知らず知らずのうちに私のようにフィルターに踊らされていないだろうか。
現実世界はもちろん、ネットの世界にも多くのフィルターがある。噂話、口コミ、インフルエンサーの投稿、広告……。
「このリップの色、優勝!」
「異動してきた今井さんって、不倫したらしいよ」
「絶対に後悔しない! 買ってよかったもの5選」
誰かが自分の思う通りになることを望み、事実とは異なる情報を流しているかもしれない。
騙されたり惑わされたりして、自分や誰かが傷つかないように。そして傷つけないように。フィルターの存在を意識してほしい。
【仲間になれなくて】
勇者さま
あのときは私を救ってくれてありがとうございました
あなたがいなければ
今ごろ私は魔物に食べられていたでしょう
助け出されたあと
あなたとその仲間に
一緒に戦おうと誘われて
魔法使いの私は言われるがままに
あなたたちと行動を共にしました
それからの旅は大変だったけれど楽しかった
山の中では少ない食料を分け合って
夜はお互いの体温で温まりながら眠りました
スライムは弱いモンスターだと油断していたら
たくさん集まってきて苦戦したこともありました
みんなで協力して
強敵のドラゴンを倒したこともありましたね
あのあとに飲んだぶどうジュースは
いつもと同じものなのにすごく美味しく感じました
勇者さまは旅の途中
私に「お前がいてくれてよかった」と言ってくれました
私の魔法や知恵に助けられていると
「とても信頼している仲間だ」とも言ってくれましたね
けれど私はそれらの言葉が嬉しいのに
心から喜ぶことができなかった
私は勇者さまと敵対する魔王軍の魔法使いなのです
今まで黙っていてごめんなさい
だからあなたが私を信頼してくれるほどに
罪悪感と苦悩が生まれ、私を追い詰めていきました
仲間だと言われるたび
仲間にはなれないと思っていました
だから本当は
勇者さまを始末するために探していたところ
魔物に襲われて
そこを勇者さまに救われたのです
あのとき、あなたが
見ず知らずの私のことなんて見捨ててしまえば
こうして勇者さまの前に立ちはだかることもなかった
あなたを多くの意味で苦しめることもなかったのです
過去の勇者さまの優しさが
今のあなたを辛い目に遭わせている
なんと悲しいことでしょう
優しさをもって人と接するよう学ばされる私たちなのに
それが人間として正しいはずなのに
私たちの立場が違うばかりにこんなことになってしまうなんて
勇者さま
私の魔法は痛いですか?
モンスターと戦っているとき
よく褒めてくれましたよね
「お前の強力な魔法があれば、どんな敵も怖くない」って
私も勇者さまの強さを知っています
意志の強そうな瞳と
それに負けないくらいの真っ直ぐな心
悪を許さず自分の進む道を信じて突き進む姿
どれも大好きでした
けれど、ごめんなさい
それでも私は
魔王軍の魔法使いでしかないのです
あんなに大事な仲間だと言って接してくれたのに
信頼してくれたのに
仲間になれなくて、ごめんなさい