人類の女が初めて口にした言葉は
まって、だった
次に覚えた言葉は
かまって、だった
その言葉を聞いた人類の男は
胸にときめきを覚えたが
どうしていいか分からず
こまってしまった
二人の頬は赤く
そまっていった
男と女はふたりの
秘密を持ったがそれを
神には報告せず
しまってしまうことにした
二人はこの秘密の関係に
はまっていった
危機がそこまで
せまっていた
二人はぬかるみに
うまってしまった
〜マッテ創世記より〜
昨日はありがとうございました
素敵なお店でしたね
お料理もデザートも美味しくて
びっくりしちゃいました
その後に連れて行ってくれたバー、
あんな場所にあんなワインバーがあるなんて
まさに隠れ家的で楽しかったです
あなたが教えてくれたワイン、
私にはちょっぴり大人の味だったけど
いつかあなたみたいに美味しいって
味わえるようになりたいです
あなたが連れて行ってくれた場所は
全部ドキドキするほど素敵で
センス良くって
お金かかってて(笑)
でも気取ってなくて
あなたそのもの
初めて知った大人の世界です
ありがとう、嬉しかった
それから
あなたと見つめあったことも
忘れられません
素敵な瞳
こんなこと言ったら失礼かな
私よりずっと年上なのに、
少し寂しげで悲しげで
胸が苦しくなっちゃいました
あなたと、また見つめ合えたら……
ずっとそんなことを思っています
私の率直な気持ちです
あなたに伝えたくて
昨日のお礼に今度、
私のよく行く場所にご案内しますね
ぜひあなたに来てもらいたいんです
気に入っていただけるといいな
とっても楽しいところなんですよ
いつもの格好で来てください
ドレスコードなんてありません
最終的に皮膚さえ必要なくなりますから
何もいらないんです
お金も言葉もぬくもりさえも
ただ、あなたの悲しげな眼差しだけがあれば
あなたの瞳に私の世界を永遠に映してくれたら
それで私は十分なんです
金曜深夜。
やっと仕事から解放された。
疲れた……いつまで続くんだろうこの生活。
幸せな未来を夢見た日もあったのになあ……
重たい身体を引きずって家に帰った私を待ち構えていたのは、天使だった。
「遅かったですね。金曜日なのに今まで仕事ですか? ああ、なんて可哀想な人間なんでしょう、そんなに疲れた顔をして」
天使はソファの真ん中に座って、ニッコリと微笑んでいる。
勘弁してよ。
帰ったらすぐそこのソファにダイブしようと思ってたのに。天使がいるから出来ないじゃないか。
「えっと何か用ですか……?」
「あなたの悩みを聞きに来たんですよ。あなたは幸せな未来を夢見ていたのでしょう? すっかり疲れてしまっていますね。でも諦めるなんてまだ早いですよ。ほら、どうやったら人生がよりよくなるか一緒に考えましょう?」
「いや、今はやめときます」
「そんな事言わず、ね。あなたの求める幸せは何か、一緒に探しましょう。何に悩んでいるのか私が聞きますから」
天使はソファの中央にすわり羽を伸ばして、少しも動こうとしない。
私の求める幸せは、今すぐソファに寝っ転がることで、悩みといえば天使がソファを占領するから、それができないことだ。
「疲れてるんで、結構です……とりあえずそこ、どいてください」
「可哀想に、疲れ切ってしまっているのですね。顔をみれば分かります。もう本当にひどい顔ですよ」
「……」
この天使はデリカシーとかそういうものがないらしい。
会話の相手としては一番疲れるタイプかも。
天使は、私の苛立ちなど気づかないのか、にっこりと微笑んで言った。
「あなたはきっと、色々と抱え込んでしまっているのでは? 幸せになるには、重荷を下ろすことも必要ですよ」
「重荷ですか?」
「そうそう、あるでしょう、色々。人間は悩み多き存在ですからね。そうだ、何か一つ、ここで手放してみませんか? 私が引き受けますから」
「手放す? 引き受ける?」
「ええ、捨てたくても捨てられないもの。あなたが溜め込んでしまっているもの。モノでも想いでも。捨てられないのは、きっと最初は大切なものだったのではないですか? 今はもう重荷となってしまったけれど……」
「捨てたくても捨てられないもの、か……」
「さあ! 勇気を出して手放してみましょう。大丈夫ですよ、あなたが、手放したものは、私が引き受けましょう。夜空で星屑に変えて天の川にそっと流しますね」
「え、じゃあ私が、何か手放したら夜空に行くんですね? ここから出て行ってくれるということ?」
「はい。あなたの為に何かしたいのです」
天使が私の為に出来ることは、今すぐそのソファからどいてもらうことなんだけど。
美しい顔で優雅に微笑む天使の前で、いまだに私は立ちっぱなしだ。
「何かを手放せば、新しく掴める。前に進むためにも、今こそ迷いを捨てましょう。私はあなたを救いたいのですよ」
前に進むというよりは、天使に帰ってほしくて、私は何かを手放すことにした。
捨てたくても捨てられず溜め込んでいるもの。
最初は大切なものだったのに、今は重荷になっているもの。
まあ、あるにはある。
考えてみれば、山程ある。
大好きだった元カレへの未練。彼との愛すべき想い出たち。
フォロワーの少ないSNSアカウント。投稿しても誰か見てくれるのかな?ってほど過疎ってる。でもたまに誰かが付けてくれるいいねのお知らせは、たまらなく嬉しい。
安月給と疲労の塊みたいな仕事だってそうだ。正社員という肩書は捨てがたいが、転職のことが常に頭にある。
それから……血はつながっているのに理解不能な両親との繋がりも。何年も連絡していない。
何か手放せば、天使が持ち帰って星屑にしてくれるらしい。
何よりじゃないか。きっと心が楽になる。
さっさと手放して天使に帰ってもらおう。
……だけど私は迷った。本当に迷った。
私は何を手放すか、決められなかった。
今までずっと手放そうとして出来なかったのだ。
例え天使が引き受けてくれるとしてもそう簡単には決断できない。
結局夜明けまで、私は立ち尽くしたまま、何を手放すか迷ったままだった。
天使が言った。
「何を手放せばいいか、分かりましたか?」
「ごめんなさい、まだ分からない」
「決められない?」
「手放す勇気がないだけかも」
天使は私の答えに、黙って考え込んでいるようだった。
しばらくの沈黙の後、天使は静かに語り始めた。
「それだけあなたの中で
深く関わってきたものなんですね
あなたにとって大切なものでも
あなたを苦しめているものでも、
あなたの一部となってしまったものを
切り離して手放すのは、
とても苦しくて難しいものです。
その、迷ったり恐れたり
その心の動きこそが
人間の美しさです。
心の揺れ、それは
人間にしか生み出せない美しいものなのです
その心の動きに触れること
天使としての役割を私は
思い出しました」
天使は、そう言うとふわりと舞い上がった。
「もう、人間のことは見放してもいいかなと思ってたんです。天使なんて今どき忘れられて見向きもされないですから。人間はいつだって愚かですし。でもやはり私も、貴方がたを手放す勇気を持てませんでした」
浮かびあがった天使は、柔らかな光を放ち始める。
私はその美しい姿に見惚れていた。
「何かを手放したくて悩んでいるとき、私はあなたの背中をそっと押しましょう。ですがあなたは、何かを手放してしまったことで後悔することもあるでしょう。その時はまた拾いに行くのも悪くないんじゃないでしょうか。私も一緒に探しますよ。いつでも見守っています、天使ですから」
バサリ、と音がして天使の羽が広がる。全て包み込んでしまいそうなほど大きな羽だ。
「うん。たまにこうして人間と話すのはいい。なんだか少し力が戻ったような気がします」
はっと我にかえる。
その美しい姿に目が釘付けになってしまったけど、私は疲れていたんだった。
私まだ、ソファに座ってないんだけど?
「じゃあまた来ます、あなたもゆっくりとお休みくださいね」
私の悩みで英気を養った天使は、そう言うと窓の向こうへ消えたのだった。
深夜、一人で暗い高速道路を飛ばす。
助手席には誰も乗っていなくて
他に車も走っていなくて
どこへ行き着くのか分からない
ただ、喚き出したい気分で
何もかもから逃げ出したくてアクセルを踏んだ
飛ばしながら、頬を濡らして泣いていた。
どうしてこんな生き方しか出来ないんだろう。
月も星も、道路照明灯さえ、この暗い道を照らすものは何もない。
一人きりで、前も後ろも暗くてよく見えない。
暗闇の中、突如として眩しい光が目に入る。
二十四時間営業のサービスエリアの看板。
無人のくせに煌々と輝いて
取り残されたみたいに、
だけど、誰かを待ってるみたいに
発光している。
車を降りて、缶コーヒーのボタンを押す。
薄くて苦いコーヒーを喉に流しこんで
風が葉を揺らす音を聞いた。
私は一人だった。一人なんだ。
寂しかろうと悲しかろうと
私は一人でその気持ちを
何とかしなくちゃならない。
今までだってそうしてきたじゃないか。
泣きたい気分なんてそのうち消える。
いつの間にか冷たくなった缶コーヒーを
握りしめていた。
暗闇の中で私は、サービスエリアの看板の
人工的な光を浴びた。
将来、有料化するんだって
購入は、マイナオキシジェンのアプリからのみ可能で月額プランか従量課金制か選べるんだって
一応無料プランもあるけど、一日50呼吸までらしい
深呼吸はプレミアムプランじゃないと出来ないらしいよ〜