【揺れる羽根】
夕焼けの帰り道、友人と2人でバカみたいにしょうもない話をする。
いつも、こうして話していると胸の奥がふわりと軽くなる瞬間がある。
僕はそんな感覚を、いつしか「羽根」と呼ぶようになった。
辛い時、悩んでいる時、しんどい時、どんなに心が挫けそうでも、こいつと居ると心が軽くなる。
それはもう、どこまでも飛んでいけそうなほどに。
友人は僕がそんなことを考えているとは、微塵も思っていないであろう。
「おい、おいてくぞー!」
いつの間にかボーっとしていたようで、前を進む影が少し遠くなっていた。
からかうような笑い交じりの呼び声に、同じように笑いながら駆けていく。
いつまでもこんな日々が続きますように。
心の奥の羽根がふわりと踊るように、足取りも自然と軽くなったような気がした。
【秘密の箱】
静かな雨上がりの午後、古いアルバムを開いていた指がふと止まる。
幼い頃の自分が、小さな木箱を誇らしげに抱えて笑っている写真。
胸の奥がきゅっと疼き、忘れていた記憶が一斉に騒ぎ出した。
あの箱は、親友と二人で宝物を詰めて、公園の大樹の根元へ埋めたまま、いつかまた一緒に開けようと約束して、そのままのはずだった。
気が付けば外に出ていた。
濡れたアスファルトの匂いが風に混じり、夕暮れの薄明かりが道を照らしている。
公園へ続く坂道は、昔より少し急に感じた。
草に覆われた裏庭に着くと、迷いはなかった。
大樹の前で膝をつき、手で土を掘る。
爪に泥が入り込むことなんか気にならなかった。
コツンと指先に触れた硬さが、息を飲ませた。
その時、背後からふいに落ち葉を踏むやわらかな音に振り向くと、少し背が伸びた懐かしい影が立っている。
互いに言葉を探そうとして、先に笑みがこぼれる。
名前を呼ばずとも分かる。
会いに来た理由は同じだと。
箱の蓋を開ける。石ころや折り紙が、夕暮れの光を受けてそっと輝く。
肩が触れるほどの距離で並び、風に揺れる葉の音を聞く。
視線が合った途端、子供の頃の合図みたいに、ふたり同時にくすりと笑った。
胸の奥が久しぶりに跳ねる。
あの頃の気持ちは変わらず自分たちの中にあり、心に息づいている。
木箱を囲んだあの日と、何ひとつ変わっていない気がした。
【無人島に行くならば】
「もし、あなたが無人島へ行くなら、何を__」
テレビから流れてくるアナウンサーの声が静かな午後の空気を震わせた。
窓の外では洗濯物が風に揺れ、カップ麺の湯気が部屋の明かりに溶けてゆく。
ソファに寝転んでいた友人が、ポテチをつまみながら言う。
「俺ベッド持ってくわ。地面で寝るとか絶対ムリ。」
「いや、まず食料やろ。お前絶対3時間でギブやぞ。」
「じゃあお前は?」
「えー、ラジオ。」
お前も食料ちゃうやん!というツッコミに続いて笑い声が2つ重なる。
部屋の隅では扇風機がのんびりと首を振り、ポテチの袋がくしゃりと音を立てた。
「でもさ、まじで行くことになったらどうする?」
友人がポツリと呟く。
「お前がおったらまぁなんとかなるやろ。」
「俺、役立たへんで。」
「やからや。暇つぶしにはなる。」
一瞬の沈黙の後、2人同時に吹き出した。
笑い声が狭い部屋に弾けて、夕方の光が少しだけ柔らかくなる。
___無人島に行くならば、俺はこのくだらない時間を持っていきたい。
しばらくして、またひとつ、どうでもいい話が始まった。
【秋風】
秋の夕暮れ、オフィスを出た僕はひんやりとした風に肩をすくめながら駅へ向かう。
向かいからかけてくる子どもたちの笑い声に、ふと子どもの頃の記憶がよみがえった。
落ち葉が舞う小道で、友人たちとバカ笑いしながら転げ回った日々。
風に乗って、かすかにその頃の笑い声と葉のざわめきが耳に届いたような気がした。
懐かしい思い出に心がじんと暖かくなった。
あの頃は何もかもが新鮮で、毎日が冒険だった。
今、忙しい日々の中で忘れていたその感情が風にそっと運ばれてくる。
歩きながら胸の奥の暖かさと同時に、寂しさもこみあげる。
また、あいつらに会いたい___なんて。
子どもの頃の友情と笑顔は季節が変わっても色褪せることなく、僕の心に残っている。
秋風に吹かれながら、僕は静かに微笑んだ。
【予感】
夕暮れの風が少し冷たくなった。
吐く息が白く滲み、街路樹がわずかに揺れている。
秋の名残と冬の空気が混ざり合い、街は静かだった。
仕事帰りのホームで電車を待ちながら、僕はふと懐かしい予感がした。
電車が滑り込む音に目線を上げると、向かいのホームに懐かしい背中があった。
学生の頃、毎日のようにバカ笑いした友人だった。
お互い社会人となり、なかなか会えずにいた。
よっ、と手を上げると向こうもこちらに気づいたようで笑い返してくれた。
互いに電車を見送り、改札で落ち合う。
「偶然やな」
「いや、会う気はしとったよ」
自販機で缶コーヒーを買い駅前のベンチに並んで腰を下ろす。
冷たい缶を手にしながら他愛もない話が弾む。
仕事の愚痴、昔の冗談、くだらない夢の話。
なんだか学生時代に戻ったようで、気づけば頬が緩んでいた。
帰り際に、彼が笑って言った。
「また会おうや。今度はあいつらも一緒に。」
思い起こされるのは学生時代にいつもつるんでいた奴らの顔だ。
皆とまた会えるなんてどれだけ楽しいことだろう。
懐かしい友人に手を振り、帰路へとつく。
夜風は冷たいのに、胸の奥がぽかぽかと温かかった。