【木漏れ日の跡】
久しぶりに森のそばを歩いたとき、ふと懐かしい気配に呼ばれた気がした。
道の脇に立つ大きな木。
その枝葉の隙間から淡い光が地面にこぼれている。それを見た瞬間、胸の奥でひっそりと眠っていた記憶がそっと息を吹き返した。
幼い頃、友人と二人でよくここを駆け回った。
まだ背丈の低かった自分たちの頭上に、木漏れ日はまるで宝物のように揺れていた。
明るくて暖かい木漏れ日は友人との思い出の象徴。
大したことのないことなのに、毎日その瞬間が待ち遠しかった。
今見ている木漏れ日は、あの頃よりも静かで少しだけ色が落ち着いて見える。
でも、どこか変わらなかった。
まるで昔の自分たちを思い出してくれたかのように、やさしく足元を照らしていた。
もし今一緒にこの景色を見たら、あいつはどんな顔をするだろう。
相変わらずくだらないことを言って笑うのか、それとも少し照れたように昔話をするのか。
想像すると、不思議と胸が温かくなる。
地面に散らばる光の模様の中へ足を踏み入れる。
あの頃と同じように影がゆっくりと揺れた。
あの日見た木漏れ日は、確かにここに残っている。
ただ形を変えて、今の自分に寄り添っていた。
【ささやかな約束】
小さな公園の真ん中で1人が手を振った。
もう1人は思わず笑って駆け寄る。
昔からずっと変わらない、少し不器用でまっすぐな笑顔がそこにあった。
2人にはささやかな約束がある。
"年に一度はここで会って、話すこと"
深刻な相談を持ち寄るためでも、大きな計画を語り合うためでもない。
ただ互いが元気でいることを確認するための、ひっそりとした確認のようなものだった。
ベンチに並んで座り、買ってきたばかりの温かい飲み物を渡し合う。
缶を開けた瞬間に漂う甘い香りに、ふたりは同時にと笑った。
互いの近況は聞き出すほどのことではない。
最近ハマっていることや、ちょっとうまくいった話、誰にも言うほどでもない小さい失敗。
気負いのいらない話ばかりだった。
それでも話すたびに肩の力が抜けていく。
ふと、ひとりが空を指さした。
「来年はさ、ここで何かやってみようや。バドミントンとかええんちゃう?」
もう1人は驚いた顔をしたあとすぐに嬉しそうにうなずいた。
ささやかな約束は、いつのまにか次の小さな楽しみを運んでくる。
ベンチに並ぶ2人の影は去年よりも少しだけ明るく伸びていた。
【祈りの果て】
古びた神社の境内に、朝から三人分の靴跡が伸びていた。
「よし、最後の一枚や!」
彼は賽銭箱の前で、友人の受験票を掲げて叫んだ。
周りの参拝客が笑って振り返る。
本人は真っ赤になって手を振り下ろした。
「おい、恥ずかしいやんけ。」
「神様に届くように、声を出すのが大事なんや。」
「いや、お前が受験するわけじゃないからな。」
そんなやり取りに、雪混じりの風もどこかあたたかかった。
彼らは夜遅くまで勉強に付き合い、コンビニでおでんを分け合い、眠い目をこすって励まし合った。
「祈り」と呼ぶよりただただ“全力の応援”だった。
数週間後、結果発表の日。
掲示板の前で、友人の声が弾けた。
「受かった! まじで受かった!」
「ガチ!? 神様ほんまに聞いとったんや!」
三人は肩を組み、雪解けの道を転げるように笑いながら走った。
祈りの果てにあったのは奇跡よりもずっと確かなこと。
――一緒にふざけて、信じ合える仲間がいるという幸せだった。
【ティーカップ】
古びた喫茶店の片隅、湯気の立つティーカップが二つ並んでいた。
白い磁器の表面に、年月の小さな傷が光を受けてきらめく。
午後の光は静かで外の世界の喧騒とは無縁だった。
向かい合う二人は、言葉少なに紅茶を口にする。
長い沈黙のあと、ひとりが小さく笑った。
「これ、まだ置いてあったんやな。」
かつて二人がこの店で夢を語り合っていた頃、いつも頼んでいた同じ銘柄の紅茶。
互いのカップを区別するため、片方の取っ手には小さな欠けがある。
年月が流れ、それぞれ違う道を歩んだ。
途中で何度も言い争い疎遠になった時期もあった。それでも、ふとしたきっかけで再びこの席に戻ってきた。
ティーカップを見つめると不思議と胸の奥が穏やかになる。
「やっぱり、ここが落ち着くねんな。」
「そうやなあ。変わらないもんがまだある。」
軽くぶつかるカップの音が、小さく響いた。
その音は、謝罪でも約束でもない。
ただ、過ぎた日々を受け入れるように優しい響きだった。
湯気の向こう、二人の間に漂うのは言葉ではなく静かなぬくもりだった。
それは紅茶の香りのように、時間が経っても消えない友情の証だ。
【寂しくて】
夕方のグラウンドにボールの転がる音だけが響いていた。
二人で放課後に残るのが、いつの間にか日課になっていた。
話すことがなくても、黙ってキャッチボールをしているだけで妙に落ち着いた。
「大学、どうするん?」
ぽつりと呟かれた声にボールを握る手が止まった。
「まだわからん。お前は?」
「俺はもう決まっとる。遠くの学校やねん。」
そう言って笑った顔が、少しだけ寂しそうだった。
それからのボールは、どこか重く感じた。
いつも通りの距離なのに、投げても届かないような気がした。
風が強くなり、夕日が沈む。
帰り道、二人ともほとんど話さなかった。
街灯の下で別れ際に、彼は小さく手を振った。
「またな。」
その声に「おう。」と答えたけれど、もう次がある保証はどこにもなかった。
夜、部屋の隅に置かれたグローブを見つめる。
ただの道具のはずなのに、そこにあいつの声が染みついている気がした。
寂しいのはいなくなることじゃない。
心のどこかに、もう一人分の居場所が空いてしまうことなんだと思った。