君と最後に会った日
わたしの心の底にある、あの子との思い出。中学の授業が終わった後に、あの子の家に遊びに行った。結構大きな家。商売をやってて、サラリーマンの家の子のわたしはびっくり。
でも気があった。好きな男の子の話、将来の話、家庭の内情の話。なんでも話せた。
夏休み、あの子の家にひとり遊びに行った日。あの日がふたりだけで会った最後だったのかな。
高校進学して学校は別々。携帯などなかったあの頃は連絡するのも一苦労。だんだん疎遠にはなつた。
大学進学が決まり、家を離れることになったわたしに、結婚式の招待状が届いた。あの子がお婿さんをとって結婚式をするのだ。家を継ぐための縁談と人に聞いた。あまりの急な話に言葉もなく、連絡さえ出来なかった。
わたしの入学式と重なったあの子の結婚式。
わたしは入学式に出席し、学生生活に慣れるため必死だった。
あの子の事は忘れて暮らした。
風のうわさで、家業の商売を夫婦で継いだこと、女の子が産まれたことなど知った。わたしは心の中で、結婚式に出席出来なかったこと、疎遠になったことを詫びていた。
月日は過ぎ、わたしの子育てもひと段落した40歳半ば、思い切ってあの子に年賀状を出した。住所が変わってないのが救いだった。頑張ってやつてるよ、と寒中見舞いを貰った。凄く凄く嬉しかった。あれから、年賀状のやり取りだけだか続いている。会おうという話にはならない。わたしとの縁は薄い人なんだな、と思う。
長く生きていれば何かが、縁を遮ぎるような出来事が起きます。それで心残りなら、自分で縁を繋ぐことが大切なんだと思いました。
繊細な花
愛でて繊細な花なら、わたしが好きな藤の花と思いますが、そうとばかり言ってられません。
姑から預かってる、芍薬と、月下美人は枯れたら大変なのでわたしには、繊細な花なのです。
どちらも大きく綺麗な花を咲かせます。義母の好きそう花たち。
芍薬は病気の心配、月下美人は寒さ対策と気を遣っているうち、知らず知らずに好きになってました。
苦手と思い込まず、やってみることですね!義母に感謝です。
1年後
ごく最近のお題で、1年前、書いたような。
わたしの関心ある1年後なら、AIの使用規制に関しての日本の政府がこのまま行くのかです。
自身については、興味あるところはありません。現状維持のつもりなので。でも、現状維持が難しい!
習慣化した運動と食事の制限‥どちらも上手いつてません!
子供の頃は
子供の頃は、自分のことだけ考えて暮らしてた。それでも、不満があった。世界が見えてなかったのだと思う。
大人になり、人のために働いて、人のことを優先に考えて暮らしてる。そうするのとが、社会の中で自分の存在意義を持つとだんだんに学んだから。
もしかしたら、物凄い才能があつたら自分中心に生きることができるかのな。
でも、そうだったとしても、しないと思う。才能にかこつけて、自分中心に生きても虚しい気がするから。
今のまま自分の存在意義を確かめながら、人のために働いて人のことを優先に考える‥
そうなふうに暮らしていきます。
日常
退屈な日常と思うか、この日常が続くのが、幸福と取らえるか‥その人の経験に寄ると思います。
考えられないような災害に見舞われた時、これまでの日常がどんなに大切だったかを実感するのとになるから。
だから繰り返す日常を、大切に過ごしたいと思うのです。