「『君が隠した鍵』という表現は正しいが、間違ってもいる。なぜなら──君こそが、この封印の鍵だからだ」
僕は言い、けれど彼女は、薄く微笑みを浮かべて僕を見つめているだけだった。
「どうして……最後の最後にこんな、残酷な事実を僕に突き付けるんだ?」
「フフッ。やだなぁ、簡単な二択だよ? 封印を解くか、解かないか──わたしに封印されてしまった"勇者の力"を取り戻して世界を救うか、それとも、救わないか。どっちを選ぶかなんて、わかりきってることじゃない?」
「……君を犠牲にして、世界を救え、と?」
「いーじゃない、べつに。だってわたしは勇者の敵、勇者を弱体化させるために遣わされた魔王様のしもべで、ああでも……情が、移っちゃった?」
彼女が、両方の腕を僕に向かって差し出しながら僕のほうへ、ゆっくりと歩みを進める。すぐにでも引き寄せ、この腕に抱きたい──いや、遠ざけなければ彼女は、僕に施した封印を解いてしまうんだ。
「あなたは、わたしが隠した鍵を見つけた。そしてわたしはもう逃げられない、ならさっさと鍵としての役目を果たして、全部終わりにしたいの。あなただって、こんなところでぐずぐずしてるわけにはいかないでしょう?」
僕の体に施されている封印が、鍵である彼女に反応して、熱を帯びる。……どうして、どうして君は、どうしたらいい、僕はこんな結末を望んでいない、でも、僕は……!
わたしが『手放した時間』たちが、どれほど尊く得難いものだったかなんて、わたしはきっと、最後まで気がつけはしないのだ。
だから、手放した時間の代わりに選んだ未来の果てで思う存分、野垂れ死ねばいい──後悔をする必要もないのだ。
『紅の記憶』
「あっ……やだ、どうしよう」
学食を出てすぐの通路で。俺にぶつかってきた彼女は、自分が付けた口紅の跡に、ひどく狼狽えている。顔を真っ赤にして涙目で、でも俺の顔を見上げることなく、俺のTシャツを凝視していた。
「ごめんなさい! クリーニング、じゃなくて、弁償? 口紅って落ちるのかな? っ、わかんない、どうしたら、」
「えーと。ますば落ち着いて、大丈夫なんで」
ああ……よく見れば。ついさっき、学食で見かけたばかりの女の子だ。
学食の一つ向こうの長テーブルで友人らに、弄ばれるように化粧をされていたのが、彼女で。俺はそれを、カレーをカツカツとかっこみながら、見るともなしに眺めていたのだ。
そう確か、人生初めての口紅だ、とかなんとか言って、騒いでて……。
「本当にごめんなさいっ、この後授業とか、」
「あと一限あるけど、パーカーあるから問題ないし。それにこのTシャツ安モンで、もう捨てようって思ってたところだから」
「えっ? 捨てる?」
そこで、やっと彼女が顔を上げ、俺を見て──。
「……口紅。伸びて、ここんとこにも付いてる」
俺が自分の頬を指差しながら言うと、彼女は怪訝そうに首をかしげ、無意識に、自身の唇に手をやって。それで、その手に付着した紅がまた、彼女の頬を汚した。
「あー……先に、そっちの口紅落としたほうが。クレンジングシートとか、誰かにもらってさ」
「私の顔、すごいことになってる? でも私の顔なんかより服が、」
「いいって。あーでも、気になるなら……連絡先、交換しとく?」
◇◇
その後、なんやかんやあって、俺の隣にいて俺と手を絡めている彼女は、口紅を塗らない。
どうやらあのときのことが、ちょっとしたトラウマになっているようだ。
だから、あのとき──口紅の深紅を唇から頬に走らせて、戸惑いながら俺を見上げた彼女の顔に、俺が一目惚れしてしまったことは、秘密で。
それを忘れたくなくてTシャツを捨てられずに飾ってることももちろん秘密、けどあのTシャツは、明日俺の部屋に来る彼女のためにも、今夜中に証拠隠滅……でもまぁ、画像保存くらいは許されるよな?
……あーあ、ったく。
俺が大変に気持ちの悪い男になったのは、いったい誰のせいだと思う?
『夢の断片』
あちらこちらに落ちている断片を拾っているのだけれど、理由なんかわかんなくって、ひとつひとつの断片に意味も見出せなくって、ずっと首を傾げながら、こんなことを続けていていいのかと不安にもなって、あっそうか、断片なのだから、これらを繋ぎ合わせればきっと、なにかのカタチになるんじゃないか? と気がついたときにはもう時間切れ、「また夢を叶えないまま人生を終えたのですね」って言われたけど、最後に拾った断片が、とってもキラキラして、それにすべすべと触り心地がよかったから……ボクは、ちょっとだけだけど、いい夢を見ることが出来たんだ。
11月最初の金曜日、君を初めてウチに呼ぶ、その前の、ついでのドライブの間くらいは、紳士でいたかったんだけど。
穴場の展望台に着いて、夜空を見上げた途端に君が、『君を照らす月』の名前、なんとかムーンってアレを、11月のヤツだけじゃない、12か月分スラスラと得意そうに、嬉しそうに口にするもんだから──ああもう、そんな口はいったん、塞いでしまえばいいんだ。
「……ねぇ。僕の名前は?」
唇を離し、それから、まだお互いの吐息がかかるくらいの距離だけ君から離れて、僕は君をじっ、と見つめる。君はびっくりしたのか目を大きく見開いたまま、濡れた唇もその余韻で、閉じ切らないままで──。
「月の名前ばっかり12個も呼んどいて、僕の名前はまだ呼べない、なんて。そんなの、不公平じゃないかな?」
「っ、意味わかんない、それに先輩この前、ゆっくりでいいよ、って、」
「言ったけど。でも不公平すぎだもん、だから急かすことにした」
「理不じっ、んっ……」
指摘された通りに僕は、理不尽に君の反論を奪い、『冬へ』向かって欠けてゆく月に、見せつけるようにキスをする。僕の名前、とりあえず12回以上呼んでもらうのが目標で──ああ、ごめん、こんなに口を塞ぎっぱなしじゃあ、呼びたくても呼べないよね?