「僕は臆病で情けない人間です。子供の頃から周りの人に馴染めず、これまでずっと家にひきこもり、ひとりぼっちで生きてきました。もちろん僕を産んでくれた両親はいます。彼らはこんな僕が家にいてもそっとしておいてくれますが、廊下で顔を合わせるたびにいつもぎこちない笑顔を作るのです。きっと彼らも僕と同じで、僕をどうすればいいのかわからないのだと思います──」
向かいに座る青年は、重そうな頭をさらに俯かせた。
「だから、自分を消してしまいたいと?」
わたしはそんな青年をじっと視界に捉えながら質問を続けていった。
「・・・・・・はい。こんな弱いことを言ったら笑われるかもしれませんが、僕は生きているのが堪らなく苦しいのです。でも堪らなく苦しいと思わないと生きていけないのです。こんな馬鹿げた矛盾を抱えて何を言っているんだと思います。けれど、これが僕なんです。僕という存在なんです。簡単には変えられません」
「でも、貴方はこうしてわたしの元を訪れた。それはどうしてですか?」
「ネットで貴方のことを見つけました。貴方の元に来れば全てを消して0にしてくれると、そうサイトに書いてありました。僕は・・・・・・、僕を消したい。僕自身をリセットしてしまいたいんです」
ぼそりとした低い声が室内に落ちる。わたしはゆっくりと語り出した。
「なるほど。貴方の考えは分かりました。しかし、貴方の認識には少しだけ訂正すべきところがあります。まず全てを消して0にすることなどわたしにはできません」
青年がびっくりしたように顔を上げた。みるみるその表情が曇っていく。
「・・・・・・では、やはりあれはデマだったのですね」
明らかに落ち込んだのが分かるくらいに肩が下がった。わたしはさらに続ける。
「いえ、そもそも0というものが存在している時点で、何もないということはあり得ないんですよ」
「それはどういう・・・・・・?」
「だって0は貴方ですから」
わたしの言葉に青年が「え?」と首を傾げた。
「わたしにできる事はただひとつ。0からの出発を手助けすることです。なぜならそこに0があれば、あとは足せば足すほど数が増えていきます。そしてまず最初の+1がこのわたしです」
「・・・・・・!」
わたしは青年の目の前に片手を差し出した。
「0はそこにあるだけで、大きな力となるのですよ」
暗かった青年の瞳に僅かながら光が射し込んだ。拙いながらもおそるおそる差し出された青年の手を、わたしはしっかりと握り返した。
【0からの】
教室の片隅で。
その日彼女は一人だった。
窓際の一番後ろにある自分の席に座りながら。
やけに遠くを見るようにして空を眺めていた。
僕はそんな彼女の横顔を。
遠い距離から見遣り。
その瞳の奥に微かに揺れた静かな悲しみを。
秘かに読み取っていた。
僕はふと思って。
彼女に留めていた視線を彼女が見つめる空へと向ける。
窓の外には澄んだ青い空が。
突き抜けるようにどこまでも続いていた。
その途方もないほどの空の広さを見ていたら。
何故だか急に不安になって。
胸がぎゅっと締め付けられた。
もし彼女のなかに去来している感情も。
こんな形であるのなら。
勝手な都合ではあるけれど。
僕は彼女に寄り添いたいと思った。
【同情】
ぐしゃり、ぐしゃりと、枯葉を踏む。
苛ついた心を叩きつけるように、強く踏みつける。
おさまらない怒りはどうしようもなくて、あまりの悔しさと情けなさに涙まで滲んできた。
怒りの魔人と化した私が、傍若無人に闊歩する。それでも大地に敷かれた枯葉の絨毯は、ぐしゃり、ぐしゃりと、小気味よい音を鳴らし続けた。
頑張れ、頑張れ。
行け行け、GO、GO!
まるで荒んだ私の気持ちを、鼓舞するみたいに。
【枯葉】
遠くの地へと去る君へ。
君と過ごしたいくつもの日々が、僕の人生を色鮮やかなものへと変えました。
君と過ごした今日はもう帰らないけれど。
さようなら。
どうかお元気で。
そしていつかまた。
会う日まで。
【今日にさよなら】
あれ、いいな。あ、あれも好き。
これすごくかわいいし、これなんか逆に奇抜すぎてウケる。
彼女と一緒のショッピング。
僕の彼女は好奇心が旺盛で、いつも目にしたあらゆるものに興味を持つ。
これ終わったら前々から気になっていた中華のお店に行かない?
あ、でも、さっき見かけたイタリアンのお店も気になるな。
何事にも冷めていると他人から指摘される僕にとって、彼女のこのバイタリティは尊敬に値するほどだった。
「ねぇ、今日いっぱい連れ回しちゃうかもしれないけど、いいかな?」
「もちろん。どこへでもお供いたしますとも」
そう返せば、やったぁと彼女が手を叩く。
またお気に入りの店が増えちゃいそうと、満面の笑顔を溢す彼女の姿が、僕にとっての一番のお気に入りであることは内緒だ。
【お気に入り】