どうして
「今までありがとうございました。お世話になりました」
マリスは丁寧に挨拶した。
「どうして仕事を辞めるんだ?今まで頑張って来たじゃないか!もったいよ!もう一度考え直せ!!」
僕は必死に説得した。
なんて職場で働きたかった。
若いのなら、将来を考えて稼げる職場に転職した方がいい。
むしろ賛成だ。
会社の業績はいい。
なのに社員に還元されない。
過去に店長が二人退職するのを見た。
理由は聞かなくても分かる。
報酬が良ければ仕事を辞めてわざわざ転職なんかしない。
仕事に見合った給料が貰えるなら、僕も店長に挑戦するがとてもそんな気にはならない。
この会社でずっと仕事したい。
将来は店長になって、いい生活がしたいと思う環境じゃないと未来はない。
社員が会社を支える。
それを分かってもらいたい。
社長には会った事はないが、職場の待遇が我々従業員への答えだと思う。
だから興味がない。
社長と話して胡麻するよりも、来店して下さるお客様とお話する方が有意義で楽しい。
色々な社員がいるが、休憩時間に漢字の勉強をする外国人従業員には驚いた。
当然、仕事も優秀だ。
そんな人達は会社を見限って転職した。
人はなかなか育たない。
ましてや外国人なら尚更だ。
様々な思いを抱きつつ、今日も僕は働く。
夢を見てたい。
母親の望みは、僕が結婚して子供を授かること。
親孝行を実現するなら、兵庫県に引っ越して高収入の仕事に転職し、素敵な方と結婚する。
月に一度は、僕が農業を手伝い、奥さんは手料理を振る舞う。
年に一度は、母親を車に乗せて観光に連れて行くのが理想だ。
なんて夢を見てたい。
若い頃に結婚してたら実現できたことだ。
恋愛に関しては精一杯努力したがダメだった。
この年齢で転職は難しいし、高収入でないと子供が授かる年齢の方とは結婚出来ない。
僕の親孝行は仕送りは拒否されるので、話のネタがあれば電話で話し、記念日に土産を郵送するぐらいだ。
親からすれば僕は自慢の息子ではない。
まったく値上げしなかった株みたいで心苦しい。
せめて母親が生きている間に、何かで成功して自慢させてあげたい。
そう思う日々である。
ずっとこのまま
「今日はどうもありがとう。とっても楽しかった」
「僕もだよ。じゃあね」
ずっとこのまま君と一緒にいられたらいいのに…。
デ−トのような楽しい時間はあっという間に過ぎる。
仕事の時間は長く感じるのにね…。
若い頃は、女性をシルビアに乗せて神戸の街をドライブした。
恥をかかないよう前日にデ−トコ−スを一人で走行した。
カ−ナビやスマホはない時代だから、地図を片手に運転し、よく道に迷ったものだ。
自分なりに色々と努力したけど、結局結ばれることはなかった…。
僕とデ−トしてくださった女性達は、今どこでどうしているのか分からない。
もちろん、幸せな人生を歩んでいてほしい、僕を選ばなかった事を後悔させたい思いもある。
恋愛ドラマやアニメを視聴していると、紆余曲折を経て、結ばれてハッピ−エンドを迎えている。
だから結婚が幸せなんだとずっと思い込んでいた。
だが、年齢を重ねて色々な知識を得て価値観が変わった。
僕は幸せを逃したのか?
それとも不幸を回避したのか?
いまだに謎のまま。
青森県のとあるレストラン。
駐車場に雪が積もっている。
雪かきをしなければお客様の車は出発できない。
大雪の時は深夜と早朝にやる。
僕はママさんダンプを使い、1時間かけて雪かきを終えてホテルに入館した。
「寒い中お疲れ様、あなたのお陰でみんな助かってるよ。ホットココア飲んで温まってね」
僕が防寒着を脱いでいるとなっちゃんがコ−ヒカップを差し出した。
「ありがとう、体の芯から温まるよ」
僕はホットココアを飲んでお礼を言った。
…なんて事は一度もなかった。
雪かきは基本その時間に勤務しているフロントの仕事。
「これも人生経験だし、仕事だからたまには雪かきやってみるか?」
僕は外国人従業員に言った。
「あっ、レストランの仕事あるんで」
「腰が痛いんで、止めときます」
外国人従業員は若いし、僕も腰が痛いんだけどな…。
あれ?こういう肉体労働は外国人従業員が頑張って、日本人が楽するんじゃなかったけ??
確かそんなシステムだったと思ったが、個人的にそういうは好きではないので1シ−ズン自力でやりきった。
青森は冬が大変だが、街の人は優しいし、食べ物が美味しいので、恋人が出来れば青森県民として雪と共に生きる決心はしていたが、そんなドラマチックは事はなかったので色々あって異動した。
とてもいい経験だった。
※ママさんダンプとは車輪のない台車。
力を入れずに楽に雪かきが出来る。
発明した人は偉大です。
20歳
20歳の頃は何でも出来ると希望に満ち溢れていた。
だが社会に出て、自分が不器用な人間であることを
思い知らされた。
一所懸命頑張るが、結果が出ず、回りには馬鹿にされた。
誰も的確なアドバイスをしてくれなかった。
なので、職場で教わったことを細かくメモを取り、退社後、飲食店で仕事の復習や機械操作などをシミュレーションしたりした。
「みんな遊んでるのにな。誰もこんな事してねえよ」と思いつつ虚しかった。
努力のかいあって28歳でようやく覚醒した。
色々な不運もあり、様々な職場を渡り歩く羽目になったが、仕事で沢山の人と競い合い勝っていった。
大金を稼ぐことは叶わかったが、質素倹約を心掛け、今は悠々自適な生活をしている。
自己評価だが、低い能力を努力で補い、軌道修正出来たので頑張ったと思う。
ただ、何事も成してないので、何かを得たい野望はある。
若くないので失敗してもリスクのないことに挑戦するつもりです。
もしも仕事が出来なくて悩んでる方がいたら、正しい努力をして下さい。
そうすれば必ず結果は出ます。
もしミスをしたら、対策を講じて同じミスを繰り返さないようにして下さい。
人の3倍努力すれば大抵の事は出来ますので…。
若い方はたった一度の人生です。
失敗を怖れず挑戦して下さい。
皆様に幸運を…。